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【ぶらり、ぶんがく。本と歩く】生きるとは…藤村の衝撃的な別離に思いを馳せる 島崎藤村「春」 東京都中央区「島崎藤村・北村透谷記念碑」 (1/2ページ)

 春といえば明るいイメージ。芽吹く木々、ぽかぽかとした陽光。最盛期の比喩でもあるし、楽しい時期のことも指す。だけどこの本には、あまりそういう印象はない。

 〈ああ、自分のようなものでも、どうかして生きたい〉

 ラストシーンで主人公が漏らす名セリフが有名な島崎藤村(1872~1943年)の自伝的小説『春』。青春真っただ中の登場人物は、それぞれに苦しみや悲しみを抱え、哲学的な思索にふける。時代のせいもあるだろうが、旅や恋愛も切なさや湿っぽさを帯びている。再読しようと思ったのは、東京都中央区の泰明小学校で島崎藤村・北村透谷記念碑を見かけたからだった。

 有楽町から銀座に歩いて、数寄屋橋のスクランブル交差点を渡る。岡本太郎の「若い時計台」がある公園のすぐ裏手にあるのが泰明小。ほんとに都会のど真ん中。校区の住民は少ないが、区内から生徒が集まる。毎年抽選になる人気校。その校門脇に「島崎藤村 北村透谷 幼き日 こゝに学ぶ」と書かれた記念碑が立つ。

 藤村と北村透谷(1868~94年)との交友は、実際の出来事をたどるように書かれた「春」の主題のひとつだ。同人誌「文学界」の指導者的存在だった透谷は、小説には青木という名前で登場する。藤村自身は岸本と名付けられている。

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