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【大崎裕史 麺喰いにつき】あっさり「清湯醤油」スープに懐かしさ つけめん「大勝軒」最初のお弟子さんの店をハシゴ (1/2ページ)

 4月1日はラーメンの神様であり、つけめんの創始者である山岸一雄氏の命日。山岸さんは1961年の創業以来、奥さまと2人で店を守っており、弟子やスタッフを雇わなかった。しかし、86年奥さまが他界し、店を開ける気力もなく、半年間ほどずっと閉めていたらお客さまから店頭に励ましや応援の書き込みがたくさんあったという。

 そこでお弟子さんを雇って店を再開することになった。それが87年。その時に採用したのは2人。その後、2人は独立を果たし、「豪快」(90年大和市で創業、2001年藤沢市に移転)と「サニー」(1990年西東京市で創業)を開いている。当時は「大勝軒」の名前を受け継ぐ(暖簾分け)のはおこがましい、ということもあったのだろう。別の屋号での独立だ。ちなみに最初に「大勝軒」の名前を分けてもらったのは「滝野川大勝軒」。現「東池袋大勝軒」の店主・飯野さんの独立店舗で95年創業。

 山岸さんは子供に恵まれなかったが、その愛情をお弟子さんたちに注いだ。おかげで全国で100人以上の子供や孫が味や暖簾を受け継いで守ってくれている。そういう意味では子宝に恵まれたとも言える。ここ数年、私は4月1日に暖簾分けの「大勝軒」を回っていたが、今回は最初のお弟子さんの店をハシゴしてみようと思い立った。どちらも何度か食べている。

 まずは「豪快」(小田急線・六会日大前駅)。移転したのは2001年なのでそれでも20年経っているがまだ新しく感じさせるほどに奇麗。つけめんを注文。5円単位のメニューがあるのも珍しく、店主の性格を表している。

 自家製の麺は今どきのつけめんと比べると太くはないが昔の大勝軒らしさを感じさせるもの。つけ汁は清湯醤油であっさり。甘辛酸もそんなに強くはなく、そのままでも飲めるほどの濃さ(スープ割りは用意されている)。チャーシューがつけ汁にブロックで入っており、味が染みて柔らかくおいしい。今でも開店時に満席になる人気で昼のみ営業。店主が今でも厨房(ちゅうぼう)でラーメンを作っている。

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