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【久住昌之 するりベント酒】極限までおかずを削ぎ落とした“武士弁”! おにぎり、目刺し、タクワンでカップ酒をあおる

 今度は「まん延防止等重点措置」か。また飲食店は早じまいだ。

 まあいい、今夜は早めに仕事場のデスクでベント酒をするっとキメようじゃないか。

 前から密かに狙っていた弁当がある。新宿駅新南口の構内にあるおにぎり屋「菊太屋米穀店」の「目刺し弁当」だ。あれを買って、カップ酒で合わせよう。銘柄なんぞ言いますまい。

 しかし実際、店に行き「目刺し弁当」のサンプルを見て、ちょっと笑った。おにぎり2個と、目刺し2匹、タクワン2枚。ただそれだけ。おにぎりには、海苔すら巻いてない。ゴマがパラチョ。ここまで削ぎ落とした弁当が、今あるだろうか? 450円。これ、安いのか、高いのか。

 買う時、正直、迷った。いや、これは買う。目刺し弁当は決まり。だけど、保険に、シャケのおにぎりを一個付けるか。

 だって、ビジュアル的にあまりに寂しい。皆さんはこの写真、どう思いますか。

 この目刺し2尾。小さいし。痩せてるし。乾いてるし。おかずとして、どうよ。あまりに貧相ではないか。「弁当」と名前をつけて、そこまでするか。

 迷ったが、俺も男だ。これだけ買った。気分は野武士だ。この、極限まで削ぎ落とした弁当、「武士弁」と呼ぼう。そして、荒野を目指すが如く、中央線に飛び乗った。

 さて、仕事場の机の上で、包みを開いた。瞬間、プーンと煮干的な魚の匂いが漂った。目刺しが、煮干の親玉に見えた。ますます自分が貧しく思える。武士の着物はボロボロ、頭の月代(さかやき)は伸び、わらじもすり切れている。俺は腹を空かした、犬っころだ。

 目刺しの一匹の尻尾をつまみ、口に持ってきて頭からボリッとかじる。いや、本当にボリッという、硬い、木のような身だ。

 俺はそれをただ噛みしめた。そうするしかないのだ。ところが、3度、4度と噛みしめるうち、いきなり神々しいまでの滋味が口の中に広がった。なんだ、これは。「うまい・・・」武士は唸った。

 島国日本の海を凝縮して、太陽エネルギーを注入したような、底知れない旨みと香りが、口の中を支配していた。

 飲み込んで、白いおにぎりをひと口追っかけた。この白飯が、うまい。口に残る目刺しの味を、引き継いで押し広げるが如き働きをしている。これぞめしの基本。目刺しをもうひとつかじり、めし。いやぁ、これは、実にまぁ、よくできている。

 ここでタクワン、ポリッとひとかじり。そのみずみずしさ、「お新香」という漢字そのままの味だ。黄色いタクワンがここまで役立っている姿を、俺は初めて見た。「うーん」思わず唸った。おにぎりには何にも握り込まれていない。でも、いらない。一粒ひとかけらにも無駄がない。食べ進みながら、もはや酒のことも忘れていた。

 何か、食の根本、うまさの原始に、立ち帰らされた思いがした。舌と胃袋の背筋が伸びた。おいしいは、ここからだろ。

 グルメがなんだ。ジューシーな肉だ、鮮度の高い刺身だ、素材の味が活かされたスープだ、言ってろバカども。そんなもん所詮、人間の甘ったれた脳みそのお遊びだ。

 全部食い終わって、茶をいれて飲んだ。何もいらない。俺は満たされていた。

 ワンカップ大関は、冷蔵庫で冷やして、あとで飲む。って、結局飲むんかい。

 ■久住昌之(くすみ・まさゆき) 1958年7月15日、東京都生まれ。法政大学社会学部卒。81年、泉晴紀との“泉昌之”名でマンガ家デビュー。実弟の久住卓也とのユニット“Q.B.B.”の99年「中学生日記」で第45回文藝春秋漫画賞受賞。原作を手がけた「孤独のグルメ」(画・谷口ジロー)は松重豊主演で今年シーズン9(テレビ東京)。

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