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【東京舞台さんぽ】今も昔も歌劇の聖地 鹿鳴館跡・日比谷(千代田区) (1/2ページ)

 日比谷公園(東京都千代田区)の東側に並んで立つ日比谷U-1ビルと帝国ホテル東京の境に塀があり、「鹿鳴館跡」と刻んだ碑がはめ込まれている。

 鹿鳴館があったのはU-1ビル側。明治期、外国人をもてなすための舞踏会がここで盛んに開かれた。開国時に結ばれた不平等条約の改正に向け、社交の場を通じて日本の文明開化を彼らに印象付けることが必要だと考えられたからだった。

 しかし、1883年に完成した鹿鳴館の華やかな時代は10年ほど。持ち主も変わり、1940年には解体された。政府の要人やその夫人たちが、お国のため、慣れない洋装で恐る恐るステップを踏んだ様子を思うと、涙ぐましいような、ほほ笑ましいような…。

 鹿鳴館跡を右、日比谷公園を左に見て日比谷通りを行くと、皇居のお堀と向かい合って立つ帝国劇場の前に出る。日本初の西洋式大劇場として明治末に開場し、歌劇や歌舞伎、バレエなどさまざまな演目を上演。大正時代には「今日は帝劇、明日は三越」という言葉も生まれた。

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