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【スポーツ医学から見た東京五輪】より速く、高く、強く…選手強化へシフト AI駆使、遺伝子の領域にまで発展 (2/3ページ)

 五輪が「平和の祭典」などというのは綺麗事で冷戦時代は、「国威発揚の祭典」でした。ソ連や東独など東側諸国は、西側諸国に対抗するために国をあげて選手を強化し、メダル獲得を目指しました。

 その結果、76年のモントリオール大会で、アメリカはメダル獲得数で、ソ連、東ドイツに抜かれて世界3位となり、大きな衝撃を受けました。この後、西側諸国も国立のトレーニングセンターやスポーツ医学研究センターなどを設置し、トップアスリートの育成・支援に取り組むようになったのです。

 たとえば、モントリオール大会で金ゼロに終わったオーストラリアは、81年に国立トレーニングセンター(AIS)を設置し、2000年の自国開催、シドニー大会では金16個を獲得しました。

 日本の場合、1988年のソウル大会で、金4銀3銅7計14と最悪の成績で終わったのを受けて、オリンピック強化指定選手制度、スポーツ振興基金が発足、遅ればせながら2001年に国立スポーツ科学センター(JISS)が誕生しました。そして、スポーツ庁が15年に設置されたのです。

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