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【東京舞台さんぽ】歌舞伎役者・講談師からあつい信仰 「四谷怪談」ゆかりの於岩稲荷田宮神社

 怪談話の定番といえば、「四谷怪談」だろう。夫に裏切られて毒を盛られ、顔が醜くなって恨みながら死んだお岩が、幽霊となってたたりに出る物語だ。お岩は実在の人物で、実際は夫婦仲は円満。「貞女のかがみ」とあがめられてきたという。興味を持ってゆかりの地を訪ねた。

 東京メトロ丸ノ内線の四谷三丁目駅からほど近い閑静な住宅街。東京都新宿区左門町に「於岩稲荷田宮神社」はある。江戸時代初期、お岩のモデルとなった田宮岩は、この地に夫の伊右衛門と暮らした。

 「お岩さんは貧しかった家計を支えるために奉公に通った。日頃から田宮家の庭にあった屋敷社を信仰し、田宮家を再興させた、けなげな女性でした」と語るのは、田宮家現当主の父、栗岩英雄さん(92)。10代当主の娘と結婚した栗岩さんは神社の禰宜(ねぎ)を務める。

 1636年にお岩が亡くなると、その遺徳にあやかろうと、信仰した屋敷社を「お岩稲荷」と呼び、多くの人が参拝するようになった。その人気に着目した歌舞伎の作家、鶴屋南北は、お岩の死後200年近くたったころ、戯曲「東海道四谷怪談」を創作。お岩を幽霊にした脚色を加え、評判となったという。作品は後に映画や講談などで題材に取り上げられてきた。

 田宮家が代々守ってきたお岩稲荷は1870年ごろ、現在の名前に改称。毎年、出演する役者がお参りに訪れるといい、神社の柵の石柱には歌舞伎役者や講談師らの名前が刻まれ、信仰のあつさがうかがえる。

 栗岩さんは「元々、お岩さんを祭神とする民間信仰の社。信仰を守り続けることが田宮家を継ぐ者の責務です」と話す。

 【メモ】同じ通りにある神社の近くの「陽運寺」は、お岩は美しい人だったとして、さらなる美しさを祈願するお守りなどを販売している。

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