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剣幸

ゾッ婚、舞台30年(11/11)

 つるぎ・みゆき 1954年3月2日、富山県生まれ、54歳。74年、宝塚歌劇団入団。85年から5年半、月組男役トップスター。90年に退団後は、ミュージカルだけでなくストレートプレーにも出演。主な出演作は「グッバイガール」「紳士は金髪がお好き」「シラノ・ド・ベルジュラック」など。そのかたわら、歌や恋文の朗読を行うコンサート「うた会」をライフワークとして続けている。「ショーチューン」の関西公演は、兵庫県立芸術文化センター・中ホールで11月28−30日。問い合わせは梅田芸術劇場(TEL06・6377・3888)。
剣幸

【ミュージカル「SHOWTUNE」】

 14日から東京・天王洲の銀河劇場で始まるミュージカル「SHOWTUNE(ショーチューン)」に出演する(24日まで)。

 「ラ・カージュ・オ・フォール」「ハロー、ドーリー」などブロードウェーミュージカルのヒットメーカー、ジェリー・ハーマン作詞作曲によるメドレーで人生の四季をつづるレビューで、9人の出演者はすべて宝塚歌劇団出身。月組トップスターを卒業してから17年、舞台を中心に活動してきたが、いわゆる“OG公演”は初めてだ。

 「まだ宝塚のにおいが残る自分の娘のような世代との共演は新鮮です。ピチピチしてる中に、おばさんが1人いるように見えるんじゃないかという恐れみたいなものはありますけど。うふふ」

 今回は大好きなミュージカル「ラ・カージュ−」に登場する魅力的なゲイ、ザザに挑戦。自らの人生の応援歌でもあるという「I am what I am」を歌い上げる。「自分だけ違う、なんでこうなんだろう、と思うことって(人生には)あるじゃないですか。それを自分は自分、人と違ってどこが悪い、と背中をポンッと押してくれる歌なのかな」

【宝塚卒業後もひと筋に】

 故郷富山の工業高校卒業後、宝塚音楽学校へ進学という珍しい経歴を持つ。「ものを作るのが好きだったから」とあえて選んだ工業高校だったが、イスに座って図面を引くよりも、子供のころから得意だった体育の延長で身体を動かす仕事がしたいと近所のバレエ教室に通い始めた。

 バレエを始めて半年後、宝塚を受験しようと思い立つ。高校3年の夏だった。宝塚音楽学校といえば、幼いころから声楽とバレエの英才教育を受けてきた乙女たちが挑む難関だ。

 その難関に、バレエ経験わずか1年、声楽にいたっては卒業式の翌日から高校の音楽の先生に1カ月間だけ習ったという付け焼き刃で挑んだが、なんと一発合格を果たす。声楽の成績は最下位だったと試験後に聞かされた。

 バレエに日舞にタップ…すべてが初めて尽くしで、学校の授業をこなすだけで精いっぱい。放課後は、個人レッスンに直行するクラスメートを横目に毎日、宝塚ファミリーランドに直行。「音楽学校の制服を着ていればタダで乗れた」というジェットコースターに何回乗ったか分からないというぐらい遊んだという。

 型破りな学校生活、娘役よりもむしろ小柄な162センチという身長ながら男役抜擢と異例ずくめだったが、最終的にはトップスターにまで上りつめ、いまも舞台の真ん中でスポットライトを浴びているのだから、やはりこの仕事がこの人の天命だったのだろう。

【親の夢継いで】

 宝塚受験をきっかけに、かつてプロのミュージシャンだったという両親の過去を初めて知った。「父がギターを弾いて母が歌って…。あの時代ですからバンドでキャバレーを回っていたんでしょう。私が生まれたのをきっかけにやめたので、まったく聞かされていなかったんですが、『実はね…』と大きな口を開けて歌う当時の父の写真がたくさん出てきた。2人とも、地元ののど自慢大会荒らしで、いつも1位がオヤジ、2位がオフクロだったとか。どこまで本当か分かりませんけどね」

 音楽をやめ、勤め人となった父の喜びは想像に難くないが、宝塚合格を伝えると電話の向こうから開口一番、「そうか、じゃあおまえ、結婚は考えるなよ」といまにして思えば含蓄のある言葉が返ってきた。

 「いまも独身なのはオヤジのせいだと言いたいところですけどね。わたしは家事もお料理も大好きで、人生設計の青写真では絶対結婚してお母さんになっているはずだったのに、なぜかこうなっちゃいました。ハハハ」

 現在、83歳になる父と78歳の母の楽しみは娘の舞台見物。「どうすんの、あんた」と心配する母には、「結婚してたら、わたしの舞台もないのよ」と言い返すとか。

 「弟は結婚して6人家族。わたしは親の夢を継ぐことで親を大事にする役割だったのかな。子供がいなくてもいい、という年齢になったら、できれば結婚したいと思います」