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【京野ことみ】子供がいれば楽しいだろうな、でもいまは自分が大事かな

2010.01.20


京野ことみ【拡大】

 時代劇の初舞台「初蕾」(山本周五郎原作)からはや6年−。節分に始まる再演を前に、「母親の包容力、腹の据わったところを出したい」と意欲を見せる。

 彼女が演じるはすっぱな女、お民は、身分の違う藩の重臣の一人息子、半之助と交際していたが、ある事件で別れがやってくる。梶井半之助の子を出産したお民は子育てを通じ、半之助の父母の心に触れ、成長していく。

 「初演のときは、母親は子供を宝物みたいに大切にしている、というイメージでした。でも、この6年で私の周りにも母親が続出して、“母”を現実として見ることができるようになりました。高校時代、私が勉強を教え、三つ編みをしてあげていた親友も、男の子2人の母親になりましたしね」。貫禄すら漂う親友の姿から、初演の母心とは違うものを得た。

 そういう当人も一昨年に結婚。子供が欲しいでしょう?

 「いれば楽しいだろうなぁ、と思うこともありますけど、日によって違うんです。授かったら、『出ておいで』って産むけれど、いまは自分が大事かなあ」。慎重に言葉を選びながら、意思のこもった目を向けた。

 性格は父親似だという。「負けず嫌いなところ。父も、父方のおじいちゃんも頑固でしたね」。その負けん気が、浮き沈みの激しい芸能界で人生の半分を過ごしてこられた源だ。

 「子供のころは、内弁慶でした。母やおばあちゃんに何か言われるたびに楯突き、悪態をつくのに、外ではお店のお姉さんに話しかけることもできなくて。母からはビンタされ、父は手を挙げないかわりに私の首根っこを捕まえて、引きずりまわして…。かわいげがなかったんだと思います」

 この我の強さが、14歳で女優デビューする行動力の源泉となった。そんな娘に父はこう告げたという。

 「おまえが決めたことは、おまえがやればいい。これからは全部、おまえの責任だ。やると決めたなら最後までやれ。簡単に帰ってこられないんだぞ」

 中学2年の娘には「その意味が分からなかった」という父の言葉を実感したのは1996年、ドラマ「白線流し」に出演していたころだった。

 「18歳のころですね。故郷の広島に帰りたくて、お金もないのに東京駅へ行ったことがあります。私が知らない人が、私を知っている。最初はうれしかったけど、次第に現実が見えてきて、怖くなってきたんです」

 発車する新幹線を見ながら、「どの面さげて帰ればいい? やめて帰ってどうするの?」と自問自答した。その気持ちは父にも伝わった。

 「帰ってきてもいいぞ、って電話で言われました。母には『今日はNGを何回も出しちゃって』って、明るく愚痴を言っていたんですが…」

 不安の言葉が親の心配を増加させることは心得ていた。だから、軽く笑えるような愚痴を口にしたつもりだったが、両親には娘の心境が手に取るように分かっていた。

 それからしばらくして、父は会社の異動で東京勤務になり、弟も東京へ就職。父は家族に内緒で都内に自宅を購入し、渋る母を呼び寄せた。いまは「今晩のご飯なぁに? もう1人前、作っておいて」と甘えられる距離に実家がある。そして、「オムライスを作るから、帰りにケチャップ買ってきて」と頼める夫が、かたわらにいる。

 そんな彼女の心を映すように、左手薬指の指輪が光っていた。

 ペン・栗原智恵子

 カメラ・緑川真実

プロフィール 京野ことみ(きょうの・ことみ) 1978年10月18日生まれ、31歳。広島県福山市出身。92年、映画「七人のおたく」のオーディションで審査員特別賞を受賞し、デビュー。「京野ことみ」の役名でアイドル歌手を演じた。代表作はドラマ「白線流し」「ショムニ」「喰いタン」など。2008年5月、1歳年上の舞台スタッフと結婚。舞台「初蕾」は2月3−12日に東京・日本橋三越劇場、20−21日に名古屋・名鉄ホールで上演。

京野ことみ
 

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