ぴいぷる

【齋藤智恵子】「小向美奈子ちゃんは良い子 いいおっぱいしてる」

2010.08.18


浅草ロック座の斉藤千恵子会長【拡大】

 背筋をピンと張り、さっそうと歩く。ソファに腰掛けてもその姿勢の美しさは同じ。

 「主人が死んだとき(子宮を)とっちゃったから。生理もなくなった。だから男っぽいし、元気なのかな」と、冗談のように笑い飛ばす。

 いまの人には想像もできない時代を駆け抜けてきた。

 「3人目の子供を流産したんです。しかも、銀行で。窓口にいたら、足下にタラタラと血が流れてきましてね。体調が落ち着いてから、子宮を取ったんです。長男と長女を育てるために、ね」

 そのころ夫が肺がんになり、稼ぎ頭を失った。

 「人からお金を借りるより、自分の体で稼いだお金の方がいい」

 終戦から数年。まだ、白米だけのご飯などありえない時代。

 「最高の食事はおかゆにじゃがいもや麦を入れたもの。それで子供を育てました」

 36歳のとき、栃木県佐野市でストリッパーとしてデビュー。1カ月8000円の給料をもらい、1年間を過ごした。

 「入場料が300円。自分で働いたお金と銀行からお金を借りて、佐野(の小屋)を買い取り、翌年に行った仙台も買い取った。小樽でストリップをしていたとき、警察が来た。私だけ踊って、他の子を逃がしたんです。で、私だけ連行された。そしたら署に10人以上の踊り子がやってきて、私たちも捕まえてくれ、と。始末書で済みました。良い時代でしたね。千住、渋谷…とまわり、浅草ロック座を買い取ったのは45歳のときでした。9000万円くらいだったかな」

 2年後、浅草ロック座の初代会長に就任。

 「ロック座に出る踊り子の衣装は全部、私が縫っていました。生地を安く買ってきたり、浴衣をこわしたりしてね。踊り子の胸囲、身長とかを計って型紙をとってね。そうしておくと、何度も型紙が使える。安上がりだし、いいものができるから」

 「舞台の指導? 恥ずかしいという気持ちが色気になる。プロでも、恥ずかしい気持ちがなくなったら色気も出ない。男は、ペロッと見せるより隠したほうが色気があると教育してきました。いつ見せてくれるかなって思わせるほうが(何度も)通うでしょ。うふふ」

 閉じていた両足をパッと開き、両手で股を隠す“実演”も見せてくれた。現役さながらの素早さだ。

 「何十年前も、いまでも、恥ずかしさは必要。ストリップで商売をする女は、恥ずかしいと思っていなければ色気が出ない。小向美奈子ちゃんは良い子よ。あの子はスレてないし、恥ずかしい気持ちを忘れてないから、色気がある。スレたら人間は大胆になるからね」

 小向は昨年1月、覚せい剤取締法違反で逮捕され、執行猶予付き有罪判決を受けた。齋藤さんは6月に「25周年特別興行第一弾」の特別ゲストとして出演させ、話題を呼んだ。

 「孫が小向さんを呼んできたのよ。あの子は、いいおっぱいしてる。ピンとして、乳首もピンクで、性格は素直でね。現場でちょっと会っただけだけど、そのときに『お世話になります』って頭を下げてくれたわよ」

 息子(恒久社長)と孫から小遣いをもらう生活になった、と笑うが、「智恵子ママ」の眼はまだまだ現役だ。

 「マカオのロック座に行って、仕事をやろうかな。みんなのお針(衣装作り)して、変わった衣装を作りたい。役に立ちたいね。迷惑をかけないで生きたいし」

 ペン・栗原智恵子  カメラ・早坂洋祐

プロフィール 齋藤智恵子(さいとう・ちえこ) 1926(大正15)年11月11日、宮城県生まれ、83歳。青山学院専門学校(現青山学院大学)中退。8歳から日本舞踊(西川流)をはじめ、16歳で名取に。親の反対を押し切って学生結婚し、2児をもうけるが、夫が肺がんで他界。61年にヌードダンサー、東八千代でデビュー。現役生活は約10年。その後、ロック座を買い取り、初代会長に就任。ビートたけしから「お母さん」と呼ばれる。「お金はたくさん貸しましたけど、請求はしませんでした。返した人? いなかったわね(笑)。まっ、お金があったから貸しただけ。人に迷惑をかけていないからいいでしょ。だまされても、人をだましてないんだから」

 

注目情報(PR)