ぴいぷる

【市川訓由】歌を見せる“演”ターテイナー

2010.11.24


市川訓由【拡大】

 この夏、EXILEが全国10カ所のスタジアムでコンサートツアーを行い、110万人の観客を動員した。記者はEXILEにまったく興味がなく、ファンの友人に付き合わされてしぶしぶ横浜・日産スタジアムのコンサートに行ったのだが、いやはや驚いた。コンサートというより、まるで五輪の開会式のようだ。高揚した気分に7万人が包まれる中、14人のメンバーが登場。その瞬間、全身の毛穴が開いてしまった…。

 「ハハハ、それは僕の思うつぼですね。コンサートを作るときの一番の狙いは、たまたま連れてこられたという冷めた人も引っ張り込みたいということ。あれだけ大きな会場だと一番上の席のお客さんまではどうしても臨場感が伝わらないけど、そこを演出的な効果で面白がっていただけたなら、それは至上の快感です」

 日本のコンサート演出の第一人者。これまで、長渕剛、BOOWY、B’z、松浦亜弥など、その時代の旬なアーティストを手がけてきた。EXILEはボーカルのTAKAHIRO加入後、パワーアップした2007年から担当。舞台セットを大胆に動かした08年の演出は、米国の舞台業界専門誌「ライブ・デザイン」でも高く評価された。

 大道具や映像、舞台美術に演出を巧みに組み合わせ、アーティストの個性をより際だたせる演出手法には、いまも業界で語り草になっているものがある。

 1997年、東京・有明で行われた大黒摩季の初ライブ。すでに大黒の曲は大ブレークしていたが、表に一切出なかったため、その存在自体が怪しまれていた。

 市川さんは、その大黒にライブ当日、会場入り口でスタッフにまじってチケットのもぎりをやらせた。やがて開演時間が近づくと観客席の中を横切って控室に向かうが誰も本人に気づかない。その様子を隠しカメラで撮った映像がライブの途中でスクリーンに映し出されると、観客は「この映像は何?」といぶかしげに見ていたが、それが大黒本人だとわかった瞬間、5万人の観客が一斉に「エーッ!」と叫び声を上げた。

 こんな演出のワザで40年にわたり何千万人もの人たちを楽しませてきたわけだが、「自分はあくまで裏方」と言い切る。

 「コンサートはあくまでアーティストありきです。映画は監督だったり、舞台は演出家が好きで見ることもありますが、市川の演出を見にいこうというファンはいません。もっと言えば、アーティストより上にいってはいけない。あくまでステージを裏で支える黒子だと思っています」

 演出家の中でも、コンサート専門は珍しいそうだ。一般的には、主に1日のスケジュールを管理する舞台監督がいて、アーティスト自身が舞台美術デザイナーや振り付け師と相談しながら演出プランを考える。市川さんも最初は舞台監督だったが、アーティストと知恵を出し合ってコンサートを作っていくうちにアイデアの面白さが評判になり、次第に演出専門で声がかかるようになった。

 独自の世界を切り開いてきただけに試行錯誤の連続だったが、そんななかで勇気づけられたのが「歌は聴かせるものではなく、見せるものなんだ」というマイケル・ジャクソンの言葉。

 「俺はそれを体現しているじゃないかと背中を押された気がした。歌手は普通、何よりも自分の声や歌を聴いてほしいものです。なのに、あの歌のうまいマイケルがそんなことを言うなんて…」

 だから今、EXILEとの仕事が楽しくて仕方がないという。

 「シンガーソングライターやロックバンドの場合、『それは自分の音楽のイメージじゃない』と却下されることがよくありますが、プロデューサーのHIROさんたちはとにかくエンターテインメント重視。『お客さんが楽しんでくれればいい』と演出を純粋に面白がってくれる。やっぱり演出家は、やりたがりですからね」

 かつて、チャプリンが代表作を聞かれ、「ネクストワン(次の作品を見てくれ)」と答えたというエピソードにあやかり、自身の会社に「ネクストワン クリエイト」と名付けた。次は、どんな趣向で見せてくれるか。(ペン・前田麻美 カメラ・鈴木健児)

 いちかわ・くによし コンサート演出家。1950年10月2日生まれ、60歳。東京都出身。コンサートを“ただの音楽会”ではなくエンターテインメントショーととらえ、常識を超えた舞台セットや演出が得意。本文に挙げたほか、吉田拓郎、織田裕二、杏里、C−C−B、青山テルマ、パク・ヨンハなどのコンサートを多数演出。2005年3月、カナダ・トロントで開催された舞台演出の国際大会「ワールド・ステージ・デザイン」舞台美術部門の最終選考に日本人で初めてノミネートされた。

 

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