ぴいぷる

【くりぃむしちゅー】売れっ子の秘訣…お笑いは10年は続けないと

2011.11.10


くりぃむしちゅー上田晋也(左)と有田哲平【拡大】

 コンビとして週に6本のレギュラー番組を持ち、バラエティー番組には欠かせない存在。この秋の改編でも多くの番組に出演し、テレビで見ない日はない。お笑い界の勢力図を塗り替えつつある存在だ。

 9日も、テレビ朝日系のスペシャル番組「くりぃむクイズ ミラクル9」(午後7時〜)に出演。「9人対9人」チーム対決の新スタイルのクイズバラエティーで、有田リーダー率いる「有田ジャパン」と東国原英夫率いる「チーム東」とのバトルだ。

 MC(司会)の上田が言葉巧みにリーダーをあおり、回答者の足を引っぱる。「個人がいくら頑張ってもチームワークが必要で、チームに貢献できるか、いがみ合いが起きるかが見どころ」と上田。有田は「将来の熊本県知事のボクと前宮崎県知事との対決を見逃さないように」とおどける。

 2人の出会いは熊本の高校時代。そろってラグビー部に入部。そのころから「お笑いをやってみたいな、なんてことを話していたんですよ」(上田)。

 ともに大学進学で上京。1年過ぎたころに久々の再会。「焼け木杭に火がついた…じゃないですけど、ノリですかね」(上田)。そうしてお笑いの世界に入った。

 結成当時のコンビ名は「海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)」。「ボキャブラ天国」シリーズ(フジ系)に出演して人気を博したが、2001年、「新・ウンナンの気分は上々。」(TBS系)の企画で「くりぃむしちゅー」に改名。当時のバカルディとの対決で負けたほうが改名するという罰ゲームだった。バカルディが対決に敗れ、さまぁ〜ずに。その後、海砂利水魚も名前を変える結果となった。

 有田の好物がクリームシチューだったことが由来だが、上田は「海砂利水魚は自分が付けた名前じゃないし、どっちのコンビ名にも思い入れはないですね」、有田も「自分の子供に好きな食べ物の名前をつけますか」と、実は今でも愛着は持てないようだ。

 改名で人気が急上昇したという話を聞くが、「2匹目のどじょうはいなかったですね」と上田は否定する。徐々に仕事量は増えていったが、改名が転機ではない。「お笑いは5、6年ぐらいじゃあダメ。10年は続けないと。(軌道にのってきたのは)くりぃむしちゅーに変わってしばらくたってからですからね」(有田)

 芸の進化があったからこそ、花が開いた。肩の力が抜け、しっかりお笑いを考えてきた証拠でもある。本物を作り上げるのには時間が必要なのだ。

 結成して21年。上田のうんちくギャグや、たとえツッコミ、有田のぼんやりしたボケは熟してきた。できれば、これを生のライブで見たいが…。

 「番組では(スタジオに)いつもお客さんが入っているから、いつも人の前でやっている感じなんですけどね。ライブをやるんだったら合同ですかね。かりに外しても責任が分散しますから」(上田)、「ネタはためているんですけど、やれと言われるとやりたくないんですよ。あまのじゃくなんで…」(有田)。ライブはまだ先のお楽しみのようだ。

 笑いには貪欲。上田は「ボクはコレしかできないし。笑いだけは真面目にやっていきたい」。有田も「お笑い芸人は隙間産業。ムダなモノほど大事なんです。40年、50年と一生懸命やりたい」という。

 堅い番組は軟らかく、軟らかい番組にはしっかり芯を。ひとつひとつの番組を大切にしながら、きちんとまとめる。引っ張りだこなのは、当然なのだ。

(ペン・高山和久 カメラ・古厩正樹)  

 ■有田哲平(ありた・てっぺい) 1971年2月3日、熊本県生まれ、40歳。大のプロレスファンで芸風にも生かされている。一歩引き、相手の面白い部分を引き出す「引き芸」にたけている。

 ■上田晋也(うえだ・しんや) 1970年5月7日、熊本県生まれ、41歳。芸能界きっての“うんちく王”として知られ、「たとえツッコミ」が得意。硬軟使い分けられる巧みな話術で人の話を引き出すのがうまい。

 

注目情報(PR)