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【岡部いさく】気さくな軍事評論家、敷居が低すぎ〜♪

2012.04.11


岡部いさく氏【拡大】

 東京・神田にある模型雑誌編集部の会議室。国際軍事情勢を解説するときの緊迫した表情とは打って変わって、気さくにポーズをとってくれた。

 「ほんとは写真撮られるのは苦手で、これは開き直り。こんなだから、軍事評論家にしては敷居が低すぎるって言われてます」と苦笑い。

 軍事評論家としてメディアに登場してから来年で25年になる。始まりは海軍関係の軍事情報雑誌の編集長時代だった。

 「軍事評論家の江畑謙介さん(故人)にフジテレビの方を紹介されていて、なだしお事件(1987年)で報道番組に呼ばれたことがきっかけでした」

 その後、90年の湾岸危機、ステルス機の登場や91年の湾岸戦争などの報道で「軍事評論家」としての地歩を固めた。

 「その間、翻訳の仕事が多くなってフリーになりました。軍事評論家になるとは思っていませんでしたが、役所や軍、メーカーなどが言っていることを一般の人に分かっていただけるように話す。結局、一種の翻訳業じゃないかとも思っています」。テレビでは、「15秒でどれだけ省略して情報の正確さを保てるか」に苦心するという。

 そんな仕事の一方で、“岡部ださく”なるペンネームで執筆活動も。先月、『世界の駄っ作機』(大日本絵画)の6巻目を刊行した。模型情報誌『月刊モデルグラフィックス』(同)に16年も連載している同名の人気コラムの単行本シリーズだ。

 登場するのは、試作段階で開発中止になったり、デビューしても性能が悪く、人知れず消えていった飛行機。気取らない文体と自ら描くイラストが好評だ。

 「担当者に思いつきで、“駄作機”をやりませんか、と言ったのが始まりです。いつのまにか小さな“つ”が入って、『世界の駄っ作機』となりました。ペンネームも開き直り」

 このタイトル、世界中の傑作機を紹介している『世界の傑作機』(文林堂)という25年以上続く名シリーズヘのオマージュともなった。

 「山脈にたとえれば、零戦やF−15は高くそびえる名峰。しかし、美しい頂のふもとには岩ばかりの谷や、よどんだ沼などがある。それらを含めて飛行機の歴史なのです。失敗から教訓を得て、航空機の今日の発展があるという見方もできるでしょう。人間て失敗する生き物ですから。でも、人生訓の本と思われても困るんですけど(笑)」

 それぞれに添えられたプロ級の絵にも驚く。それもそのはずで、父は乗り物好きで知られた漫画家の岡部冬彦氏(故人)だ。「紙と鉛筆はふんだんに家にありましたし、父としては“絵を描いていないで勉強しろ”とは言いにくかったでしょうね」

 『世界の駄っ作機』はシリーズとしては6巻目だが、別巻として『蛇の目の花園』(「スケールアヴィエーション」誌連載)という本も2冊出している。「蛇の目」とは英国軍機の国籍マークを蛇の目傘に見立てた“愛称”だ。実は、駄作機を提案したのも、「人気の中心は日本機、ドイツ機、アメリカ機で、なかなか雑誌での出番がないイギリス機を紹介したかったから」という。

 英軍機好きが高じ、イギリスの古典的教養も知っておくべきだろうと、学生時代は自宅にあった坪内逍遥訳のシェークスピア全集の読書に耽溺した。独立してからは航空機以外にも自動車誌やF1誌、艦船誌にも寄稿。来月には英海軍関係の書籍も出版する。もちろん、イラスト付き。カバーするテリトリーが広いのも父ゆずりか。

 「父は『駄っ作機』を喜んでくれました。『クルマが先か?ヒコーキが先か?』(二玄社)を出したときは、これが理想だなとも言ってました」

 現在、国際情勢は中東、東シナ海、北朝鮮と緊迫して気が抜けない毎日だ。

 「趣味と仕事の境目がないですね。趣味を仕事にするなと言いますが、国際情勢を追って疲れた時に駄作機を探したり、絵を描いて手を動かしていると、ドーパミンが出るみたいで、すごく幸せな気分になります」 (ペン・竹縄昌 カメラ・寺河内美奈)

 ■おかべ・いさく 1954年1月30日、埼玉県生まれ、58歳。父の冬彦さんは『ソニー坊や』『アッちゃん』などで一世を風靡し、叙勲を受けた漫画家。姉も漫画家のおかべりかさん、妹はイラストレーターの水玉蛍之丞さん。学習院大卒後、航空雑誌『エアワールド』編集部、『シーパワー』編集長を経てフリーに。子どものころから製作を続けていた趣味のプラモデルは現在、“封印中”。5月に『英国軍艦勇者列伝』(大日本絵画)も刊行予定。

 

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