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なにが違う? 近江商人に学ぶ「ケチ」と「始末」の違い

配信元:@DIME

 また、女性の教育にも力を入れていた。男性陣が隊商を組んで他国に営業に出かけている間、代わりに店を切り盛りしていたのはその妻だったからだ。優秀なビジネスウーマンを育てておかないと、他国で安心して営業に集中することができず、店が傾いてしまう。

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 近江商人の妻は、“未来の近江商人”となる丁稚小僧の面接・教育、接客、帳簿管理など、人事・総務・経理・財務全般の責任者として店を支えていた。嫁に来ていきなりそんな仕事が務まるわけはないから、もちろん嫁入り前から商家に見習い奉公に行ってスキルアップに励み、即戦力を目指した。

 女子教育のために巨額の私財を投じた女性もいる。近江商人で総合繊維商社の株式会社ツカモトコーポレーションの創業者となった初代塚本定右衛門(江戸後期〜明治)の五女塚本さとは、大正8年(1919年)に私立淡海女子実務学校を創立。自分自身も近江商人の妻だったさとは女子教育の重要性を痛感。一般教養から芸術まで幅広く教え、“知性と教養を身につけ自立した女性”が増えることを願った。

■“世間よし”じゃないと自分も本当の意味で豊かになれない……世の中のために投資

 近江商人と言えば、“三方よし”の経営哲学も有名だ。これは、

 売り手よし……売り手がきちんと利益を上げていること

 買い手よし……買い手が適正価格で良質な商品を購入できたこと

 世間よし……そのビジネスのおかげで、世の中全体がより良いものになっていること

 を意味する。

 売り手と買い手だけが得をしてそれ以外に悪影響を及ぼすようでは、事業を拡大すればするほど世の中の多くの人から恨まれることになり、その事業は長くは続かないという。その他にも、『陰徳善事』(人が見てないところでの良い行い)も奨励していた。

 このような考え方から、近江商人は積極的に利益を地域社会に還元し、また慈善事業にも莫大な金額を出資してきた。たとえば、瀬田唐橋の架け替え工事や、逢坂山の車石(牛馬車の車輪幅に合わせて道路に敷かれた舗石)、主要街道の常夜灯設置などだ。

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  • 先行き不透明な時代の投資術近江商人に学ぶ「ケチ」と「始末」の違い

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