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【ロックレジェンド芳野藤丸 激アツ!!交遊録】「おちゃめなお嬢様」テレサ・テンはスケールが大きかった

★(5) 

 (テレサ)テンちゃんは、本当にスケールが大きかった。お父さんが高名な台湾の軍人だった良家のお嬢さん。だから一緒にやった最初の大きなコンサートも、1983年の米ラスベガスというレベルだった。

 シーザーズ・パレスには、全米中の華僑がプライベートジェットで駆けつけてね。中国は地方によっていろいろな言語があるから、彼女は使い分けてトーク。こっちはわからないからバンド仲間とおしゃべりしていたら、いつの間にかメンバー紹介されていて恥をかいたり。お客さんも変な日本人を笑っていたな。

 香港ツアーでも驚かされた。「藤丸さん、明日から香港に来てっ!」というのもすごいけど、用意されていた飛行機がファーストクラス。香港なんて近くてもったいないとエコノミーに変えて、差額で香港からロンドンへ行っちゃった。セコいことをしてたね。

 香港に着けばベンツのデカいリムジンが待っていて、「一日中使っていいですよ」と言われても行くところがない。水餃子が食べたいって言ったら、高級店でドカッと山盛り。祝日に日本円を香港ドルに替えたいと相談したら、「親戚の銀行を開けさせますわ」って。たかだか数万円なのに。

 ステージの造りがちょっと気になるからと、舞台のセットを半日で造り変えたこともあった。「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)に出るときは、自腹で台湾からファースト往復。家は世界中に何軒もあった。僕らにとっては別世界の驚きだったけど、彼女にとってそれが普通だった。

 85年にはロンドンで一緒にレコーディング。翌年の7月に発売されたアルバム「時の流れに身をまかせ」には、僕が作った『ジャスミン慕情』も入っている。85年の12月15日には、今では伝説となっているNHKホールのコンサートで演奏させてもらった。

 僕のなかでは、いつも陽気でおちゃめなテンちゃん。髪の毛を三つ編みだらけにしていたときがあって、「どうしたの?」と聞いたら、「きょうはスティーヴィー・ワンダーを歌うから」と返ってきた。ドレッドヘアのつもりだったんだね。どう見ても三つ編みなのに。今でもファンに愛されているテンちゃんは、本当にかわいく、素晴らしい女の子でした。(おわり)

 ■芳野藤丸(よしの・ふじまる) 1951年生まれ、67歳。函館市出身。73年にプロとなり、70年代半ばから西城秀樹のバック(藤丸バンド)を務めた。78年にSH?GUNを結成、ドラマ「探偵物語」の主題歌『Bad City』が大ヒット。石川さゆり「天城越え」、梅沢富美男「夢芝居」などスタジオミュージシャンとして1万曲以上に参加。9月30日に恵比寿ザ・ガーデンホールで「夕刊フジ・ロックフェスティバル SH?GUN40&芳野藤丸45アニバーサリー」コンサートを行う。

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