【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】歌に限らず、女優の仕事でも…とにかく「褒められたがり屋」の性格 (1/2ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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歌に限らず、女優の仕事でも…とにかく「褒められたがり屋」の性格 (1/2ページ)

 中森明菜のデビューのきっかけは、「スター誕生!」(日本テレビ系)だった。明菜には3回目のチャレンジだった。

 「母を喜ばせたい」

 明菜はその一心で歌手を目指してきた。明菜は6人兄妹の下から2番目だった。

 58歳で死去した母の千恵子さん(1995年没)は歌手に憧れ、一時は「宝塚を目指したこともあった」という。自分が果たせなかった夢をわが子に託したのかもしれない。

 デビュー当時、ワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)で明菜に関わってきた寺林晁は振り返る。

 「千恵子さんは、明菜がおなかにいるときから『この子を歌手にしたい』と、胎教として美空ひばりや森進一の曲を聴かせていたそうです」

 もちろん、生まれてくる子が女の子なのかどうかも分からない。千恵子さんがどちらを望んでいたのかも分からないが、天は美空ひばりを選んだともいえる。それだけに明菜が生まれてからは、千恵子さんは家事をしているときも歌い方の指導をしていた。

 明菜も「小さい頃から率先して前に出ていく子だった」といい、正月で親戚が集まると「じゃあ明菜が歌う」ということがあったそうだ。そんな明菜を見て、千恵子さんはうれしそうだったが、明菜自身も「とにかくお母さんの喜ぶ顔が見たかった」と振り返っていた。

 「実は、明菜の姉のほうが歌はうまかったようで、千恵子さんは姉に『美空ひばりさんのような歌手に…』と言っていたようです。ただ、そのうちに明菜のほうが性格的に歌手向きだと思うようになったのでしょうね。いつの間にか明菜に歌い方の手ほどきをするようになっていたようです。千恵子さんには先見の明があったのかもしれませんね」

 一方で明菜を知る芸能関係者はいう。

 「明菜はとにかく“お母さん命”の面がありましたからね。小学1年生の作文でも将来の夢を“歌手”と書いたほどですから、幼心にも、お母さんの夢をかなえたい気持ちがあったのでしょう。もっとも明菜自身は、歌手がダメなら、子供が大好きなので保母さんになりたかったとも言っていましたが…」

 とにかく明菜の性格は「褒められたがり屋」。千恵子さんは、そんな性格を見抜いていたかのように育ててきた。その性格はデビュー後も変わらなかったと明菜はいう。

 「人に褒められたい、認められたいと思い続けていました。それは歌に限らず、女優の仕事でも同じでした。ファンの方からも褒められたいけど、ただ漠然とした答えはストレスになってきてしまうのです。やっぱり生の声が伝わってこないと…。とにかく近くにいる人から『良かった』と声に出して言ってもらうのが一番、頑張ろうという気になります」

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