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劇団の活動などは「集団感染」の温床 情熱だけで安易な行動に出るのは疑問

 毎日、ニュースを見るたびに“人類絶滅”という言葉が脳裏を過ぎる。新型コロナウイルスの話は、当初はアジアだけかと思われたが、いつの間にか世界規模に感染が広がり、人類史に刻まれるレベルの問題となってしまった。

 不思議なもので、この世界的な騒ぎの下にいると、私が生業としているような「エンタテインメント」などはまともに機能しないものである。

 それは、密閉された劇場での「感染うんぬん」のリスクなどという話ではなく、観る側の気持ち自体が落ち着いて楽しめないということである。

 明日にも人類がどうにかなりそうな状況下で、どうやって愛の物語に感動すればよいのであろう。やはり「エンタテインメント」というものは、落ち着いた社会基盤のもとでしか機能しない脆弱(ぜいじゃく)な存在なのかもしれない。

 だが、父から聞いた戦時中の話では、大空襲におびえながらも、たまに訪れる「紙芝居」が楽しみで仕方なかったことや、福島の疎開先に持っていった本を、何度も何度も読み返したという。

 またその本を何度も読み返し尽くした後に、今度は自分で物語を書いてみようと思ったという。

 つまり人間はどんな状況下であっても、「エンタテインメント」や「芸術」を求めるものでもある。おそらく私たちは今、人類絶滅レベルの苦境に立たされているが、同時に、そんなときこそ「エンタテインメント」の力を発揮するチャンスでもあるはずだ。

 だが私も関わっている劇団の活動などは、狭い劇場であることが多く、場合によっては「集団感染」の温床にもなりかねない。

 演劇人の情熱は誰よりも理解しているつもりであるが、「文系ロマン」などが通用しない、または倍返しになるのが「理系問題」であり、情熱だけで安易な行動に出るのは疑問がある。

 料金を取ってお客さまに何かを楽しんでもらう場合、演劇、音楽、お笑い、または飲食、遊園地も含めて、その料金にはお客さまの「安全」も確約されていなければならない。おなかを壊すレストランや、大けがをする恐れがある遊園地などは許されるはずがないように、生死に関わる病気をうつされる劇場の存在も許されてはいけないはずだ。それができないならば、料金を取ってはいけない。

 だが、同時にその答えは私自身や劇団の仲間たちへの「憤死」をも意味する。正論とロマンが私の中でも錯綜(さくそう)している。

 地球規模の気候変動や新型のウイルス…。今の世界が直面しているのは昔観たSF映画のような問題である。だが、それでも人間は「エンタテインメント」を求め、何かを表現したい者たちもいる。

 勝ち目があるかは分からない。一番いけないのは、古風な情熱だけに縛られることだ。

 幸いにも昔とは違い、今や誰もが高度なデジタル機器に手が届く時代でもある。最新の英知を絞るしかない。

 ■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。

 88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。主な出演番組は『アウト×デラックス』(フジテレビ系)など。

 2020年、YouTubeで公式チャンネル「大鶴義丹の他力本願」を開設し動画を投稿中。

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