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【YFM 夕刊フジMusic】ジミー桜井の限りなき戦い(下) 「MR・JIMMY」で世界へ…ペイジになる夢はまだ途中

 ジミー・ペイジになりたい夢を追いかけて、アメリカへ。全米屈指のトリビュートバンド、LED ZEPAGAINに正式に加入したのは2014年。サラリーマンを辞めリアルな“ミュージシャン”となったが、心にはまだ隙間があった。

 「海外のトリビュートバンドはお金が目的なのも多く、それでは愛のあるミュージックは生まれないし、僕の信念とは違う。ライブをやるならヒット曲を並べるだけのジュークボックスショーではなく、年代ごとのライブを再現したいし、機材も衣装も髪型だって本物に近づけたい。でも、それはかなわなかった」

 思いが折り合わなかったツェッパゲインを17年初めに脱退。MR・JIMMYとして米国での活動を開始したが、シンガーが抜けてままならない状況に。思案のころ、故ジョン・ボーナムの息子であるジェイソンから、突然連絡が来た。

 「彼のバンド、JBLZEからのオファー。MR・JIMMYも続けていいということで引き受けました。5人編成は僕の理想とは違っても、07年のツェッペリン再結成にも参加したジェイソンからの依頼はうれしかった」

 JBLZEで活動の幅は一気に広がり、18年にはフォリナー、ホワイトスネイクとサーキット。

 「バンドのメンバーが自分のライブはそっちのけで、『あそこはどう弾いてるんだ?』と聞いてくる。大人気で(笑)。イベント関係者が、『ロバート・プラントが“ジミー桜井は俺がほしかった”と言ってたらしい』とか。冗談でもうれしくて。昨年はピーター・フランプトンとツアー。この夏もホワイトスネイクと回る予定でした(コロナでキャンセル)」

 LAフォーラムやMSGの舞台にも立った。日本で六本木のEXシアターを満杯にして、昨年のサウスバイサウスウエスト(米テキサス州のイベント)でドキュメンタリー映画「Mr・Jimmy」が上映されるなど、ジミー桜井を知らないZEPファンはいない。ただ、夢への階段はまだ序章だ。

 「目指すのはトリビュートではなく、リバイバル・バンド。全身全霊でリスペクトしてペイジになりたいと思い、総合芸術たるツェッペリンの音楽を再現する。気持ちはクラシックの演奏家と一緒。MR・JIMMYはまだ完成していません」。ペイジを追い求める戦いは永遠に続く。

 ■ジミー桜井(さくらい) 1963年10月4日新潟県生まれ、56歳。高校時代からLED ZEPPELINひと筋。JIMMY PAGE(ジミー・ペイジ)にあこがれ、94年にトリビュート・バンド=MR・JIMMYとしての活動を開始。2012年にペイジ本人と出会う。14年にLED ZEPAGAINに請われ米に本格進出。17年からはMR・JIMMYと併行して、JBLZE(Jason Bonham’S Led Zeppelin Evening)に参加。

 ■LED ZEPPELIN ジミー・ペイジ(G)、ロバート・プラント(Vo)、ジョン・ポール・ジョーンズ(B)、ジョン・ボーナム(Ds)の4人で、1969年にデビュー。『天国への階段』が収録された71年の「IV」で世界No.1のバンドに。80年にボーナムが急逝して解散。2007年にボーナムの息子ジェイソンを加え、一夜限りの再結成を果たした。

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