【ぴいぷる】受け継がれる「金馬の誇り」 三遊亭金時「重い看板を下ろさせてやるのも親孝行かな」 三遊亭金馬「ご隠居さんの気持ちで、死ぬまで好きな落語を」 (1/2ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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【ぴいぷる】受け継がれる「金馬の誇り」 三遊亭金時「重い看板を下ろさせてやるのも親孝行かな」 三遊亭金馬「ご隠居さんの気持ちで、死ぬまで好きな落語を」 (1/2ページ)

 今月、四代目三遊亭金馬が、次男の三遊亭金時に金馬の名を譲り、自身は二代目金翁を名乗ることになった。

 噺家(はなしか)生活80年目、91歳の四代目。落語との出合いは尋常小学校1年生の夏休み。蓄音機から聞こえてきた1枚のSP盤レコードだった。

 「柳家金語楼の兵隊落語。『陸軍歩兵二等卒、山下ケッタロ~』というのが面白くてね。聴いているうちに覚えちゃったんですよ。高学年になる頃までには春風亭柳橋(六代目)や柳家三亀松(初代)のネタをレコードで覚えていましたよ」

 12歳で先代の三代目金馬に入門。戦後初の二ツ目で小金馬を名乗り、テレビ創成期のコメディー番組「お笑い三人組」(NHK)に江戸家猫八(三代目)、一龍齋貞鳳らと出演、テレビタレントのはしりとして国民的な人気者に。

 「師匠(三代目)から最初は『芸人は売れなきゃダメなんだよ』なんて言われたけれど、そのうち『お笑い三人組は一生できるもんじゃない。噺家は死ぬまでやれるんだから落語をちゃんと稽古しろ』って。ちっとも稽古しなかったけれどね」

 番組は10年続き終了。三代目が亡くなり、3年後に金馬を継ぐ話になり、荷が重いと悩んでいたとき、五代目柳家小さんに相談。

 「目白の師匠(小さん)は『このまま稽古したら、落語がうまくなるのかよ。(金馬に)なっちゃえば何とかなるんだ』って、あのときは元気づけられました」

 半世紀以上にわたり金馬の名跡を守り続けた。

 さて五代目金馬を継ぐ金時。幼い頃から身近に落語があったものの、少年時代は野球に夢中。

 「名門、堀越(高校)でプロ入りを目指したんですが井の中の蛙でね。レベルの違いを見せつけられて愕然(がくぜん)。マネジャーになってからの寮生活は人生の転機のひとつといえるかもしれません」

 東海大学進学後、入ったゼミの教授が無類の落語好き。「落語家はいいぞ」と背中を押されたことが、噺家の世界に入るきっかけになった。

 「(弟子入りは)小さん(五代目)師匠を考えていたのですが、小さん師匠が父に『オレも孫(柳家花緑)を育てるんだから自分のところで育てろ』と言うんで、四代目(父)の下で修業が始まりました」

 二ツ目の頃、同じ二世落語家の古今亭志ん朝から「声の幅が狭いから邦楽をやったほうがいいよ」と助言を受けて常磐津を習い出した。

 「義太夫も役に立ちました。手先がきれいにみえるようにと日本舞踊、目力を鍛えるためにと習字も習い、苦節13年でやっと二段をいただきました」

 三代目金馬がわかりやすく演じる落語なら、四代目は語り部のような落語。そして五代目は物腰柔らかで明るい芸風だ。

 「僕の落語は人物設定や状況描写が心臓。高座の中でいろんな人物が現れ、その姿が目に浮かんでくる。そして噺が終われば高座には落語家がただ一人というのが理想。落語は料理と同じ。材料は一緒でもそれぞれ違う味があるんですよね」と五代目。

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