【大鶴義丹 やっぱりOUTだぜ!!】それはファッションでしかない…安易なカウンターカルチャー - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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それはファッションでしかない…安易なカウンターカルチャー

 私も20代前半は、誰もが通る「ハシカ的」なものとして、アメリカの1960~70年代のカルチャーに憧れたりした。

 入り口としては、やはり映画「イージー・ライダー」である。そこからヒッピー・カルチャーやウッドストックに詳しくなり、ドアーズの音楽などに傾倒した。

 その勢いでドラッグ・カルチャー作家のウィリアム・バロウズや、その盟友でもある詩人、アレン・ギンズバーグを読みあさったものだ。彼らの書籍を基にインドにバックパッカー旅行もしたほどである。

 そしてレゲエ・カルチャーをベースにした映画を脚本監督もした。その映画は「大麻」もアイコンとして出ており、当時としては若い俳優が発信するものとしては過激な扱いを受けた。

 仲良くしていたドラマ・プロデューサーから、マイナスの立場に自らを落とし込んでどうするのだと、苦言を呈されたことが忘れられない。

 彼が言ったことは、6割くらい的中したが、その映画を作ったことは今でもひとつも後悔はしていない。損得なしですべての情熱を注ぐことができる体験などは、人生で何度あるか分からないからだ。

 だが、その映画を作って以降、私の中ではその手の「カウンターカルチャー的」なものが霧散した。この日本で生まれた自分がいくら追いかけても、それはファッションでしかないと気がついたからだ。

 知れば知るほどに、ヒッピーを始めとするカウンターカルチャーというモノは、アメリカがその泥沼化に心底恐怖したベトナム戦争というものが深く関わっていると理解するようになった。

 その巨大な恐怖があるからこそ、「反戦」「徴兵拒否」といった活動から「ラブ&ピース」にたどり着き、多様化した結果、反政府的な社会集団化したり、宗教化したりもした。

 大国の社会が分断するほどの恐怖だったのだろう。それゆえに生まれたカウンターカルチャーなのである。

 その時代を生きた若者たちが、心の指針として必要としたのかもしれない。ベトナム戦争後の社会不安とカウンターカルチャーというのは、ワンセットなのだ。

 だが私が生きた80年代の青春や、その後のバブル時代に、若者の精神の奥底が震えるような恐怖があるはずもない。

 そんな私が「ラブ&ピース」だのといっても滑稽なだけであると気がついた。

 だがいつの時代も、カウンターカルチャーというものが必要とされているのも事実だ。

 当時のアメリカ社会がベトナム戦争で深く傷ついたように、私たちのこの時代も別の形で大きく傷ついている。その時代の中で生まれるカウンターカルチャーというものがあるはずだ。

 それを苦労して生み出そうとせずに、安易に過去のアイコンを使うようなことをする行為は、どうしても安っぽく感じてしまう。

 ■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画「首都高速トライアル」で俳優デビュー。90年には「スプラッシュ」で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。主な出演番組は「アウト×デラックス」(フジテレビ系)など。YouTube公式チャンネル「大鶴義丹の他力本願」も随時更新中。映画「めぐみへの誓い」(来春公開)で辛光洙(シン・グヮンス)役を演じる。11月28日から神奈川芸術劇場で上演される「オレステスとピュラデス」に出演する(12月13日まで)。

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