【ぼくらの90年代音楽論 30年前の「音楽」の「普通」】大谷能生×速水健朗・対談を終えて 90年代は「リヴァイヴァル」の時代だった - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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大谷能生×速水健朗・対談を終えて 90年代は「リヴァイヴァル」の時代だった

■大谷能生×速水健朗(1)

■大谷能生×速水健朗(2)

■大谷能生×速水健朗(3)

 速水健朗君との対談、いかがだったでしょうか。彼の名前をはじめて知ったのは、たぶん「はてなダイアリー」などで、個人ブロガーがどんどん日記や記事や情報まとめを発信しはじめた頃……記憶だとだいたい2004~08年くらいが「ブログ隆盛時代」みたいに覚えているんだけど、これももう一昔前の話になるんだなあ。

 いろいろな日記を読んでいて、なかでも彼の書いていた「犬にかぶらせろ!」(のB面)を愛読していたんですね。速水君の初の単著『タイアップの歌謡史』が2007年のリリース作なので、本ではなくネットに書いていたもので名前をすでに知っていた、はじめての同世代のライターの一人、ということになります。

 直接知り合いになったきっかけはもはや覚えていないのですが……なんか神保町でイベントのあとか何かに少人数で飲んだ記憶がおぼろげに……組んで仕事をしたのは2011~12年に開催した研究会『ジャニ研! ジャニーズ研究部』からで、初回というかゼロ回が東日本大震災の直後。SMAPの「SHAKE」を爆音でかけて黙祷してからイベントをはじめたことを覚えています。この企画は無事書籍化されて、つい先日そのアップデート版

『ジャニ研! twenty-twenty』(通称トニトニ版)

 も発売されましたので、よろしければぜひご覧ください。

 対談中ちょっとだけ出てきていますが、二人の共通点は、子供の頃にパソコン雑誌を読むことに熱中していたことですね。カットしちゃったけど、どちらもフェヴァリット・マガジンは「LOGiN」で、この雑誌はパソコンの新着情報の周辺に、最新の海外SFや映画、音楽、小説なども散りばめて紹介する、総合エンタテインメント雑誌だったのです。読み物も多数で、ギャグ/パロディのページ「ヤマログ」や読者との交流コーナーなど、毎月読むのがとても楽しみでした。

 80年代後半、パーソナル・コンピューターは西海岸発のベンチャー・ビジネス代表で、そこには70年代と90年代のサブカルチャーが暖流と寒流のように渦を巻いていたように思います。速水君の「西海岸好き」的な趣味傾向も、こうした80年代PCカルチャーから育まれたものなのかもしれません。

 話のなかで面白かった、というか考えさせられたのは、90年代はとにかく「リヴァイヴァル」の時代だった、ということですね。メイン・カルチャーがリヴァイヴァル。再演、再上演、復活、復興、再評価……といった動きが、特に90年代の真ん中あたりから、文化的に大きなうねりになってくる。音楽でも、80年代までは、半年前に流行ったシングル盤とかは、お店に行ってももう棚には並んでない訳ですよ。雑誌と同じで売れ残った前の号は返品されちゃう、みたいな。

 とにかくドンドン新しいものを作ってゆくのが当然の時代だった訳ですが、そしてそれは90年代でもある程度は続いていくのだけれど、このあたりから二層化というか、新作と同時に、古い作品を(装いを変えて)リリースすることが、きちんとした商売になってきた。化粧替えのやり方はさまざまで、直球的に「古典」として位置付けて、お勉強の一つ=文化資産の拡大を目指すやり方もあれば、「懐かしいもの」「キッチュなもの」「今ではあり得ないもの」などという枠組みで、ラディカルな作品を再び世に出そう、という試みもあったと思います。映画であればミニシアターでの様々な特集上映、漫画関係では「消えたマンガ家」シリーズなどもありましたね。

 こうした文化的な流れの中で、音楽で大きかったのはやはりメディアの転換だったのでしょう。つまり、レコードからCDに、アナログからデジタルへという動きの中で、「レコードで作られた旧譜がCDの<新譜>として、同時代の新作と同じようにリリースされ、大量に棚に並べられる」という事態が、この時はじめて起こった訳です。

 それまで一方向に流れていた時間が、CDになって渦を巻くようになった、というか、ようやっと立ち止まって、過去と向き合うような「時間」を確保することが出来るようになった。「音楽」の「過去」と「現在」をつなぐ力が、また異なったかたちで文化を形成するようになってきたのが90年代だったと言えると思います。ここから音楽のデータ化まではあと一歩。しかしその一歩を巡って、ここから十年以上に渡って音楽と家電業界は迷走を続ける……という感じでしょうか。

 現在語られている、特にポップスを巡る音楽の見取り図は、おそらく、そのほとんどが90年代を通過することで形成されたもののように思えます。いわゆる「はっぴいえんど」史観もその一つ。日本におけるロックとポップス、アイドルとパンク、ディスコとフォークとテクノとジャズの、それぞれの「正史」が求められ、語られ、語り直されているのが現在だとすれば、その大元の原因は90年代の、音楽的時間の地殻変動にある。そんなことを考えました。コムロとサムとMAX松浦の話についてはまたの機会に!

■速水健朗(はやみず けんろう) ライター。都市論、メディア論がテーマ。主な著書に大谷能生、矢野利裕との共著『ジャニ研 TWENTY TWENTY』単著に『1995年』(ちくま新書)、『東京どこに住む』(朝日新書)など。TOKYO FM『東京SLOW NEWS』(月~木)を担当。

■大谷能生(おおたに よしお) 音楽と批評。ミュージシャンとしてジャズを中心に、さまざまなバンドやセッションで活動。著作としては『平成日本の音楽の教科書』、『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』、『東京大学のアルバート・アイラー』(菊地成孔との共著)、『日本ジャズの誕生』(瀬川昌久との共著)、『身体と言葉』(山縣太一との共著)など多数。

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