“ロマンポルノの百恵と聖子”対談「本人には申し訳ない」 (1/2ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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“ロマンポルノの百恵と聖子”対談「本人には申し訳ない」 (1/2ページ)

 1970年代から80年代にかけて、アイドルの象徴といえば山口百恵と松田聖子だった。その人気に乗じて、日活ロマンポルノの世界でも本物そっくりの「聖子ちゃん」「百恵ちゃん」が登場し、本家をしのぐほどの人気を誇った。このたび、38年の時を経て、ロマンポルノの2大アイドル、「ロマンポルノの百恵ちゃん」こと井上麻衣と、「ロマンポルノの聖子ちゃん」こと寺島まゆみが邂逅を果たした。

 井上:私たちが共演したのは『ピンクカット』の1本だけなんですよね。あれが私のデビューでした。

 寺島:私は逆にあれが15本出演したロマンポルノの最後の作品でした。15本といっても約2年で15本。怒濤の日々でしたね。撮影中にもう次の作品の台本が待っているし(笑い)。

 井上:寺島さんが主演で、東京・梅ヶ丘の散髪屋が舞台で。

 寺島:私の役は、ちょっとエッチな散髪屋さんを経営する女子大生で、井上さんも彼氏のいる女子大生という役。その彼氏が2人の間を行ったり来たりするお話でした。たしか、森田(芳光)監督にとっては、2本目の日活作品でしたね。

 井上:あの頃は大変でしたね。どんどんスケジュールが逼迫していって、1か月に1本作るペースでしたからね。

 寺島:日活の撮影所が東京の調布にあって、『西部警察』も同じ撮影所だったから、食堂に行くと舘ひろしさんとか石原軍団の方々がいたりして(笑い)。

 井上:日活の撮影所って、ほかの会社もスタジオを借りていましたからね。みなさん格好よかったですよね。

 寺島:私は新宿の街中でスカウトされたのがきっかけで業界に飛び込んだんですが、最初は大変でしたよ。当時19歳になったばかりで、初めての裸のシーンでは胸が詰まり、カットがかかった瞬間に泣き崩れました。

 スタッフさんがガウンをかけて「大丈夫だよ」って言ってくれたことが忘れられません。その後、脱ぐシーンで胸が詰まってくると、白鳥(信一)監督が私を外に連れ出して、「お前はいいぞ、だから頑張れ。泣かずにやり遂げろ」と励ましてくれて。それからは一度も泣きませんでした。

 井上:私は六本木で働いていた時にテレビ朝日の人に声をかけられて、伊東四朗さんが出ていた番組に「百恵ちゃんのそっくりさん」として出演し、テレビに出はじめたんです。今だから言いますけど、嫌だったんですよ。撮影は似せるためにカメラアングルも決まっていて窮屈で。似せなくてはいけないという使命感でやっていましたが、ご本人やファンの方たちに申し訳ない気持ちでいっぱいで。

 寺島:私は聖子ちゃんと言われても、髪型が同じだっただけで(笑い)。『ひと夏の体験 青い珊瑚礁』というタイトルの映画も作られたし、完全に日活さんの戦略でしたよね。当時は音楽活動も並行していて、持ち歌のほかに、劇場の舞台挨拶では「青い珊瑚礁」を歌ったこともありますよ。たしか、私がデビューした年に山口百恵さんが引退して。

 井上:その少し前に松田聖子さんがデビュー。私たちと逆ですね(笑い)。私も舞台挨拶で地方に行った際に「プレイバックPart2」を歌いましたね。当時、私は深く考えずただ流れに乗ってしまったところもあるのですが、ロマンポルノでいちばん思い入れがあるのは、やっぱりこの『ピンクカット』ですね。

NEWSポストセブン

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