【ぴいぷる】映画監督・横浜聡子 業界騒然とさせた“じょっぱり”監督 津軽弁の作品で高評価も「見る人にどれだけ理解されているか考えると不安」 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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【ぴいぷる】映画監督・横浜聡子 業界騒然とさせた“じょっぱり”監督 津軽弁の作品で高評価も「見る人にどれだけ理解されているか考えると不安」

 映画館で見てけろっ-。この監督の作品に出演した旬の俳優たちが、こう津軽弁でアピールすることは今や恒例となった。

 「私の母国語は津軽弁。そう思って映画を撮り続けてきました」と屈託ない笑顔でしたたかに語る。デビューから10年以上、故郷・青森にこだわってきた「じょっぱり」(意地っ張り)だ。

 アジアの新作が集う「大阪アジアン映画祭」(3月開催)で審査委員も務めた国際派。ワールドワイドに活躍するだけに、地方にこだわるそのギャップが面白い。

 「脚本を書くときも、常に私の頭の中に浮かぶセリフの言語は津軽弁。『じょっぱり』や『けっぱれ』(頑張れ)という方言が、とても好きです」

 メガホンを執り、同映画祭で上映された新作「いとみち」が海外の強豪作を押しのけ、グランプリと観客賞をW受賞した。「故郷・青森に戻り、深度のある人物像を構成したことを評価したい」と審査委員を魅了したことが、制した理由だ。

 津軽弁の作品を撮り続け高い評価を受けながらも、「実はいつも撮りながら悩んでいるんですよ。セリフが、見る人にどれだけ理解されているかを考えると不安で」と吐露する。

 12年前、映画「ウルトラミラクルラブストーリー」で劇場長編の監督としてデビュー。このとき映画界は騒然とした。

 人気絶頂の俳優、松山ケンイチを青森農家の純朴な青年役に抜擢。新人監督が全編、方言のセリフで書いた脚本で撮影を敢行したのだから。

 どこまでも妥協しない「じょっぱり」だが、素直で謙虚でもある。

 「津軽弁は分かりづらいでしょうが、でも、そこであきらめずに耳を澄ませて理解してほしい」。舞台挨拶ではいつも、観客にこう頭を下げる。

 題名の「いとみち」とは津軽三味線を弾く際、爪にできる筋道のこと。

 青森の女子高生、イト(駒井蓮)は幼い頃から祖母に津軽三味線を習っていた。人見知りの性格を直そうとメイドカフェでバイトを始めるが…。

 「駒井さんも私と同じ青森出身なんです」。主演に選んだ理由は「本物の津軽弁を話せて、津軽三味線が弾けること。それが絶対条件でした」。

 清涼飲料水のCMなどで若者に人気の駒井が田舎娘のメイドに徹する。「いらっしゃいませ、ご主人さま」と発音できず、「ごすぅずんさまあ」となまるところが、ひた向きでけなげだ。

 「津軽弁は完璧でしたが、三味線は1年猛特訓し、覚えてもらいました」。東北人の粘り強さを承知した上での配役だった。

 横浜の大学に進むため、18歳で初めて故郷を離れた。「人間に強い関心があって。人間科学専攻がある大学はここしか見つからなくて」

 卒業後、東京の企業に就職したが、「OLには向いていない」と気づき、約1年で退職。映画製作の専門校に通い始める。

 「両親? もちろん猛反対されましたよ。せっかく横浜の大学まで行かせたのに、と」

 逆境に自らを追い込み、「けっぱれ」と己を鼓舞し、29歳で日本映画監督協会新人賞を受賞。親を納得させた。

 「自分に似ている」とイトに自身を投影する。

 「私も人見知りで親ともうまく話せないような子供でしたから。口下手な主人公の思いを何とか映画で伝えたかった」

 撮影は昨秋、コロナ禍の中、青森で行った。

 「地元の人たちが温かく支援してくれて、心から感謝します」

 津軽弁でひた向きに訴えるイト。「みんなもけっぱれ!」と日本を励ますエールのようで胸にしみた。(ペン・波多野康雅/カメラ・南雲都)

 ■横浜聡子(よこはま・さとこ) 映画監督。1978年6月15日生まれ。42歳。青森県出身。横浜市立大学卒業。2009年、「ウルトラミラクルラブストーリー」で劇場長編映画の監督としてデビュー。近作は「俳優 亀岡拓次」(16年)など。テレビ東京系の人気ドラマ「バイプレイヤーズ」シリーズ(17年~)の監督も務め話題に。映画「いとみち」は6月18日から青森県で先行上映、同月25日から全国で公開される。

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