【元文春エース記者 竜太郎が見た!】結婚27年“おしどり”八代亜紀が選択した「熟年離婚」 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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結婚27年“おしどり”八代亜紀が選択した「熟年離婚」

 「結婚から27年間、“おしどり夫婦”として有名だっただけに驚きましたね」(音楽関係者)

 『舟唄』『雨の慕情』のヒットで知られる“演歌の女王”八代亜紀(70)が今年1月に離婚していたことがわかった。前夫のM氏(66)は個人事務所の社長だったが、離婚を機に辞職。長年連れ添った夫婦に何があったのか。

 「Mさんはもともと歌手で1978年、八代と同じテイチクからデビュー。『別れても好きな人』を彼女とデュエットリリースしたことも。しかしMさん自身はヒットに恵まれず2年で契約解除となり帰郷。すると八代が声をかけ、マネジャーとして誘った。以来長年のパートナーでした」(同前)

 八代が日本コロムビアから独立し、87年に個人事務所を立ち上げたときも行動をともにした。

 「八代の父親が亡くなる前に独身だった彼女に『結婚するならM君のような男がいい』と助言したことがきっかけで意識するようになり、5年間の交際を経て結婚。『結婚してあげてもいいよ』という八代の逆プロポーズでしたが、それまで何度も『マネジャーですから』と断ってきたといいます。当時八代は44歳。夫婦の間には子供はありません」(ベテラン芸能記者)

 M氏は自身が歌手だったせいか、八代の心情をよく理解し、裏方に徹してスターを支えてきた。私生活でも「彼女に負担させないよう家事はお手伝いさんにやってもらっていた」という。また、フランス「ル・サロン展」に5年連続入選するほど、画家としても有名な八代であるが、M氏も社長業の傍ら陶芸家として活動。

 「箱根や岡山に築窯し、『備前焼窯元八代窯』と命名し陶芸教室も開いています。八代の箱根の別荘にはアトリエがあって、夫婦そろって芸術好き。公私ともに相性がいいカップルでした」(同前)

 しかし夫婦とは不思議なもの。夫婦は数年前から今後の人生について話し合ってきた。所属事務所によると、「特段に何か(理由)があったわけではありませんが、話し合いの結果、長年のパートナーシップを解消して別々の道を歩んでいくという結論に至りました」という。

 厚生労働省のデータ(2019年)では「20年以上同居した夫婦の離婚」は離婚件数全体の19%。不貞などのはっきりした理由よりは長年の蓄積した不満や老後の価値観の相違が多いという。

 「橋幸夫やヨネスケ、片岡鶴太郎、水前寺清子ら芸能界にもそうした熟年離婚が増えています」(同前)

 限られた人生、残りの時間に向き合うと、そんな選択もありなのかもしれない。

 ■中村竜太郎(なかむら・りゅうたろう) ジャーナリスト。1964年1月19日生まれ。大学卒業後、会社員を経て、95年から文藝春秋『週刊文春』編集部で勤務。NHKプロデューサーの巨額横領事件やASKAの薬物疑惑など数多くのスクープを飛ばし、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞受賞は3回と歴代最多。2014年末に独立。16年に著書『スクープ! 週刊文春エース記者の取材メモ』(文藝春秋)を出版。

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