【テリー伊藤 狸の皮算用】ソフトボール上野投手のプレッシャー編 ケガ、引退危機克服して計389球 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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ソフトボール上野投手のプレッシャー編 ケガ、引退危機克服して計389球

 例えば、会社の命運がかかったプレゼンの当日、上司や得意先を前にして、すごいプレッシャーを経験した人も多いことだろう。しかし、オリンピック選手のプレッシャーは、その何倍、何十倍かもしれない。今回、特にソフトボールの上野由岐子投手にかけられたプレッシャーは、私たち凡人には計り知れないものがあるんじゃないか。

 先月27日、横浜スタジアムでソフトボール日本代表は2-0で米国を下して、前回実施された2008年北京五輪に続く金メダルを獲得した。この試合に先発した上野投手は6回途中から若手の後藤希友投手に救援を仰いだものの、7回に再びマウンドに上がり、胴上げ投手になった。

 ソフトボールは開会式に先がけて全競技のトップを切って試合をした。その2試合に上野投手は先発し、初戦の豪州戦では初回に押し出しで先制を許したものの、5回コールド勝ち、2戦目のメキシコ戦も7回途中まで2失点で10三振を奪う力投。延長8回のサヨナラ勝ちを呼んだ。

 開会式前の試合は、あとに続く他競技の選手たちにも影響を及ぼしたはずだ。私が五輪選手だったら、「自分のプレッシャーなんて上野投手に比べたらたいしたことはない」と感じていたと思う。

 北京五輪の柔道男子100キロ超級で金メダルに輝いた石井慧選手は「五輪のプレッシャーなんて、(国士舘大の先輩で男子柔道の監督の)斉藤仁先生のプレッシャーに比べたら屁の突っ張りにもなりません」の名言を残した。上野投手に対しても、同じような思いがあったんじゃないか。

 上野投手は伝説の中に生きていた。北京五輪では決勝までの2日間の3試合を1人で投げ抜き、「413球の熱投」で日本に金メダルをもたらした。その後、ロンドン、リオの2大会、ソフトボールはなかった。その間、私たちは上野投手のことを見ていない。どうやってモチベーションを上げていたのか。

 聞くところによると、7年前には左膝の痛みに苦しみ、一昨年には打球をアゴに受けて骨折、手術して体重も落ちた。引退も覚悟した。しかし、東京五輪出場を目指し、驚異的な練習量で体を作り上げた。

 今回、北京五輪のときの剛速球はなかったものの、変化球の種類を増やした。過去の栄光や実績にすがらず、それでも計389球を投げた。その姿勢は、私たちの人生の参考になると思う。

 上野投手は現在39歳、ソフトボールは24年パリ五輪では外れ、28年ロス五輪での復活を目指す。46歳でマウンドに立つ姿、見られるのだろうか。

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