【JAPANESE ROCK ANATOMY解剖学】ミッキー吉野「スタンダードな感じがした加山さん」 PANTA「エレキギターを作った(笑)寺内さん」 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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【JAPANESE ROCK ANATOMY解剖学】ミッキー吉野「スタンダードな感じがした加山さん」 PANTA「エレキギターを作った(笑)寺内さん」

 PANTA 加山さん(加山雄三)の登場は、1960年代前半の日本の歌謡史に変化をもたらした。それまでの歌謡曲のウエットな感じじゃなかったよな。

 MICKIE そう、スタンダードな感じがしたよね。それと66年に出したセカンドアルバムの『恋は紅いバラ/加山雄三アルバム』は、全編が英語。当時の日本人としては、英語を自然に聴かせるところには驚かされた。

 P 改めて、すごく親しみやすいメロディだと思う。インストゥルメンタルに歌詞をつけたらこうなるだろうっていう、あれは加山さんしか作れなかったし、ほかにはいない。

 M 加山さんが出てきたころは、ちょうどベンチャーズ(59年結成、60年「Walk Don’t Run」が全米2位の大ヒット)も人気になっていて、GS前のエレキブームのようなものがあったね。

 P エレキといえば、やはり寺内タケシさんの名前を出さないわけにはいかないね。加山さんとも映画の「エレキの若大将」(65年)、シングル「夜空の星」(同)、「蒼い星くず」(66年)などで共演している。エレキ人気から『勝ち抜きエレキ合戦』(フジテレビ)という視聴率30~40%のお化け番組もできて、そこで審査員もしていた。

 M 僕は寺内さんにはすごい恩恵を受けているんだ。同じ横浜に住んでいたしね。

 P あの人はだって、すごいよ。「エレキギターを作ったのは俺だ!」って言っちゃってるんだもん(笑)。

 M 中学生のときに、寺内さんのバンドのひとつに誘われたこともあったんだ。そのとき、寺内さんの名刺をもらって。それはもう、水戸黄門の印籠じゃないけどすさまじい効力があった。持ってるっていうと、みんなが“すげえ!”って(笑)。

 P 中学生で寺内さんに誘われたって、つくづくどんなキャリアなんだよ(笑)。実は、俺の大学の大先輩。お会いしたことはあったけど、お話しすることもできず、まったく頭が上がらなかったよ。

 M バニーズのころだったか、リハーサルを鎌倉まで見に行ったこともあるよ。寺内さんはなんだか竹刀を持っているんだ(笑)。面白いエピソードはほかにもいっぱいあるけど、それはまた今度ね。残念ながら、先日お亡くなりになってしまったけど、すごい人だった。

 P 60年代前半のころを思いだすと…バンドはやっぱり、寺内さんのブルージーンズとザ・スパイダースが老舗だったかな。ブルージーンズには、のちにワイルドワンズをつくる加瀬さん(加瀬邦彦)がいたり、裕也さん(内田裕也)がボーカルを務めていたこともあった。それらのバンドや、洋楽に影響されながら、ミッキーは中学生のころから腕を磨いていくわけだね。

 ■ミッキー吉野 1951年12月13日、横浜市磯子生まれ。本名・吉野光義(よしの・みつよし)。68年にザ・ゴールデン・カップス加入。71年に米バークリー音楽大学に留学し74年に帰国。76年にゴダイゴを結成し、80年に中国など海外で公演した。85年の解散後は99年に限定復活し、2006年に恒久的再始動。個人では05年の映画「スウィングガールズ」で日本アカデミー賞最優秀音楽賞受賞。

 ■PANTA 1950年2月5日、埼玉県所沢市生まれ。本名・中村治雄(なかむら・はるお)。69年にTOSHI(石塚俊明)と頭脳警察を結成。72年の1stアルバム「頭脳警察」、「頭脳警察セカンド」とも発禁になり話題になった。90年に1年限定で再結成し「頭脳警察7」リリース。以降は段階的に復活し、2016年からパーマネントに活動。サブ・プロジェクトも多数。

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