昔の東京の写真が好きだ。その手のムック本などが並んでいると思わず買ってしまう。その理由は、祖母が上野育ちだったので、大正時代から戦後に至る東京の変化の話はよく聞かされたからだ。
大正から戦後を東京で暮らした祖母の話は面白かった。今は華やかな渋谷駅周辺が谷底の雑木林だったことや、大正時代の頃には上野から徒歩で品川の先まで行って海水浴をした話。
祖母いわく、当時は伊豆の砂浜より水が透きとおっていたという。子供心にも、都市のダイナミックな変貌というものが理解できた。
そんな品川は、私にとっても一番大きな変化を遂げたエリアだ。
品川駅といえば、昭和的イメージでは高輪口の品川プリンスホテル一択であったが、それは「今昔物語」であるのは言うまでもない。
今や主役は港南口。その大きな変化は東京育ちにとっても、気がついたらいつの間にかに最先端の街になっていたという思いだ。
あのエリアは近くに「鮫洲運転免許試験場」があるように、私が高校生だった1980年代中頃までは、倉庫ばかりが目立つ、典型的な港湾エリアであった。
当時から、その周辺の大規模な再開発の話は知られていた。だがその周辺が未来都市になり、新幹線も止まるという話を聞いても、どこか信じられない思いであった。
先日、朝から新幹線で関西に向かうことがあり、普段は東京駅を使うのだが、とある事情で品川駅を使うことがあった。実は出勤時間のピークに、品川駅のコンコースを使うことは、恥ずかしながら初めてだった。
朝の港南口に向かう膨大な人は初めて見る迫力だった。その巨大通路を行きかう人々の光景はまさに悠久の大河。東京駅や大手町周辺の通勤風景どころではない。
流れの「ローカルルール」が分からず、新幹線に乗り遅れる寸前で朝から脂汗をかいた。