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【ぴいぷる】登山家・野口健、絵子 父の夢と希望を体現し越えていく決意の娘 (1/2ページ)

 「父の世界最年少記録を抜きたいんです」

 父の名前は野口健。七大陸最高峰登頂の世界最年少記録を達成した日本を代表する登山家だ。

 「私にとって父は大きな目標」と語る野口の長女、絵子は2018年末から父と本格的な「親子登山」を始めた。

 ◆目標であり壁

 ヒマラヤの標高5000メートル級の高峰を皮切りに、昨年夏にはアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ(約5900メートル)を登った。

 「約1週間かけてキリマンジャロを登りましたが、屈強な大人の登山家でも難しい登坂ルートでした」と野口は説明する。

 最終キャンプから頂上へのアタックの日。途中、猛吹雪になり、引き返すグループが続出した。野口が「まだいけるか」と確認すると、絵子は「大丈夫。いける!」とアタックを敢行し、アフリカ大陸最高峰を15歳で制覇した。

 25歳で七大陸最高峰登頂を達成後、野口はエベレストや富士山に捨てられたゴミを拾いながら山を登る「清掃登山」の活動を始めた。

 「絵子が生まれ、赤ちゃんの頃は私が背負って登っていましたが、4歳の頃には自分の足で富士山を登っていましたよ」

 清掃登山のほか、野口はエベレスト(ヒマラヤ山脈にある世界最高峰)の山岳地の学校に通う子供たちに、日本の小学生が6年間使ったランドセルを寄贈する「ランドセルプロジェクト」にも取り組んでいる。

 一昨年、絵子を連れて初めてヒマラヤを訪れた。

 「子供一人ひとりにランドセルを背負わせてプレゼントするのですが、背負ったとたん、子供たちはみんな一斉に校庭を走り回るんです。その姿が本当にかわいくて…」と野口は言う。

 その光景に感激した絵子は父にこう宣言した。

 「お父さん、これからランドセルプロジェクトは私に任せて」と。

 昨年、親子登山の第一弾をヒマラヤ高峰で達成後、軽飛行機でふもとの村へ下山する途中、突然、絵子が機内で号泣した。

 「よほど登山がつらかったんだなぁ」とこのとき野口は思ったが、絵子に確認すると違った。

 「壮大なヒマラヤを飛行機の窓から見たとき。私はなんてちっぽけな存在なんだろう。もっと世界を見たい…。そう思うと涙が止まらなくなったんです」と絵子が号泣の理由を教えてくれた。

 ◆人生のB面を

 当時、中学3年生。英国の中高から大学まで進学できる一貫校に通っていたが、「このまま与えられたレールの上を進んでいいのか。自分の力で人生に挑戦したい」と決心。今の学校を辞め、ニュージーランドの高校へ留学することを決めた。

 野口は直接、意志を確認するために英国へ向かった。「本当にいいのか」と聞くと、絵子は大きくうなずいた。娘の意志は固かった。

 「せっかく大学まで進学できるのに…。でも娘が自分で決めた道を父として尊重したい」

 野口は幼い頃から外交官の父とエジプトやイエメンなど世界各地で暮らした。

 「父は私を連れ出し観光地ではなく紛争地の地雷原や救急病院などに連れて行きました。人生にはA面だけでなく裏側にB面がある。世界中のB面を見てほしい。そう思っていたようです」

 こんな祖父や父の背中を見ていたからだろうか。

 「お父さん、私も世界のB面を見たい」と15歳の絵子は言い、自分で留学先を見つけてきた。

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