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“捨てる看護”訪問看護師・森山文則氏が身をもって見せてくれた… 佐々涼子さん『エンド・オブ・ライフ』 (1/2ページ)

★佐々涼子さん 『エンド・オブ・ライフ』(発行・集英社インターナショナル 発売・集英社 1700円+税)

 ■逝く人と看取る人、在宅での死の意味

 多くの人が口にする「最期は畳の上で死にたい」という言葉。その本当の意味とは何か。逝く人と看取る人は、死にどう向き合いどのように行動し、何を語るのだろう。気鋭のノンフィクション作家・佐々涼子さんが在宅での終末医療を問う問題作だ。(文・冨安京子)

 ■49歳で急逝

 --冒頭、「これは、私の友人、森山文則さんの物語」とあります

 「彼は京都の診療所に勤める訪問看護師で、薬科大で教鞭も執っていた、いわば終末医療の専門家でした。200人もの最期を看取り昨年春、すい臓がんを原発とする肺転移で発症から8カ月目に49歳で亡くなりました」

 --どんな出会いを

 「7年前、私は海外で客死した人々の遺体を運ぶ仕事を書いた『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で賞をいただき、次は在宅医療について取材してみないかと編集者に声をかけられ、その取材で知り合って後に友人になりました。彼の物語を書こうと思ったのはがんが見つかり、今度は彼が看取られる側に立った2度目の出会いのとき。彼と最期の日々をともに過ごすことで、在宅での死の意味を知ることができると思ったからです」

 --どういうことですか

 「訪問看護のプロだった彼が医療から遠ざかり、自然治癒力に賭けると言い出したときには戸惑いました。しかし、人生で大事だと思っていることをひとつずつかなえて、やがて運命を受け入れるのを間近で見せてくれているのだと気づきました。当初は『実践看護』の本を作りたいと望んでいたので『看護についてまだ聞いていませんが』と言うと、自宅のベッドの中からふふっと笑って、『何言ってんですか佐々さん、さんざん見せてきたでしょ』って」

 ■毎日夏休み

 「え? と言葉に詰まっていると、好きな人と好きなように過ごし、体の調子と相談しながら『よし、行くぞ』と言って好きなものを食べて好きな場所に出かける。これって病院では絶対にできない生活でしょ、と。実際、彼は抗がん剤をやめ、毎日が夏休みのように妻と遊び、ありふれた普通の生活を普通に続けたんです。私も時々お伴してウナギを食べに行ったり葬儀の相談をしに行くという彼についてお寺へ行って話を聞いたり。記憶の中には楽しく遊んだことが多く残っています」

 --意外です

 「森山さんはそれを“捨てる看護”と名付けていました。元気な時代、彼が看取った人の中には、酸素吸入をしてあえぎながら家族と一緒に潮干狩りをし、その夜亡くなった人もいます。私が森山さんを通して見た在宅医療は、医者はたとえ患者に負担がかかることが分かっていても本人の希望を最優先し、それを支える家族、医者や看護側の人たちが一致協力するという形でした」

 「そこでは命に対して医療ができることは次第に小さくなっていき、人生は家の中でこそ続くものであり、希望も家の中でならかなえやすいと知りました。逝く人は、家族などに生きたいように生きてもらったなという、ある種清々しい達成感を残したように思います」

 --文字通り命がけで遊ぶ。これまで見聞きした終末医療とは違います

 「人はみな、答えが欲しいんですよね。命を閉じるときはどうすればいいか、とか。でも正解はその人にしか分からない。しかも、その時々でああでもないこうでもないと選択肢が揺れ動く。森山さんもそうだったように、そんな人間としての“弱さ”を周りに見せられるのも、自分の望む支援を受けるために必要な強さだと思いました」

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