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「若手との研究会」で50歳名人になった米長邦雄氏 祝賀会には将棋界最高の1500人 (1/2ページ)

★米長邦雄(3)

 ボクシングで、何度倒しても不死鳥のように立ち上がってくる相手に、恐怖を覚えたという話を聞いたことがある。

 米長邦雄永世棋聖の名人位に対する執念は、それに近いものがあったのではないだろうか。

 名人位に6度挑戦して敗れれば、もう決着はついたと思うのが普通だが、米長は7度目の挑戦で見事、中原誠名人(当時)から名人位を奪取した。それも、今まででは考えられない、4-0での快勝であった。

 米長が名人位に就けたのは、若手との研究会のお陰だった。それも若手に将棋を教えるのでなく、若手から新しい技術、考え方を学んだ成果だと聞いたことがある。

 米長研究会の塾頭は、森下卓九段で、佐藤康光九段をはじめ、錚々たるメンバーが参加した。若い頃の羽生善治竜王・棋聖らと切磋琢磨した、島(朗)研と同じ発想だ。

 そしてこれが最後のチャンスだったことは、本人が一番よく知っていた。「来年になると、あの男がやって来る」と言っていたことが現実となり、羽生挑戦者に名人を明け渡したのだった。

 結局、1期だけの名人だったが、中原誠16世名人、谷川浩司九段、羽生という、永世名人獲得者に挟まれたことで、闘志が萎えることなく、逆に誰もがなし得ない50歳時に名人、という記録を作ったのである。この時の祝賀会に集まった人は、将棋界最高の1500人とも言われている。

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