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米長邦雄永世棋聖、会長として棋界に新風 一番の功績は「子供のファン増やしたこと」 (1/2ページ)

★米長邦雄(4)

 米長邦雄永世棋聖は、肩書が九段時代「自分は松の九段」と言っていた。

 タイトル獲得19期だから当然であり、1985年に永世棋聖資格者、93年に名人を獲得したことで、棋士として為すことは一応終わったと思ったのだろう。

 97年度に4勝5敗でA級から陥落した時は、森内俊之九段、羽生善治竜王・棋聖と破り、まだ復帰は可能と思われたにも関わらず、即フリークラスに転出。2003年に満を持して理事に当選した年の暮れ、引退を表明した。60歳の時である。

 理事として最初の年は、中原誠会長の下で専務理事となり、2年後の選挙で会長に就任した。会長になった瞬間、目に涙が浮かんでいたのを覚えている。

 会長になってからは、大和証券杯のネット棋戦の開始。アマから棋士になれる編入試験制度を作り、奨励会を年齢制限で退会した瀬川晶司さんを四段で棋士に入れるなど、斬新なアイデアを将棋界に取り入れた。

 また11年には将棋連盟を公益法人にするため反対派を説得し、剛腕をふるって法人資格を獲得した。

 最後の仕事はドワンゴ社と協力し、プロとコンピューターとの対戦の企画だった。自らも対局者となって、世間を大いに注目させたものである。

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