zakzak

記事詳細

「理の人」「情の人」仙谷由人元官房長官

 「理の人」であり、「情の人」でもあった仙谷由人さん(元官房長官)が亡くなった。衆院議員初当選の1990年以来、公私にわたってご厚誼いただいた。

 筆者がワシントン取材にたつ前日の9月28日、久しぶりに仙谷さんから電話があった。筆者が発行する「インサイドライン」(9月25日号)の記事「天皇皇后両陛下の体調と日程の狭間で揺れる平成の総仕上げ」を読んで、自分の決断に確信を深めたと言われたのだ。

 その「決断」とは、今秋の叙勲を受けるということである。

 「これまでの政治家人生や叙勲の責任者でもある官房長官を務めたことで色々な思いがあったが、受けることにした。あの記事はオレの背中を押してくれた」と、過分の言葉をいただいた。

 詳述する手帖の日程表を改めて繰ってみた。3年3カ月に及んだ民主党政権時代の2011年だけで、14回お会いしている。

 その多くは仙谷さんを囲む会だ。当選1回生時代の国会質問などでお手伝いした、現・元政治記者との飲み会である。仙谷さんはよく飲み、チェーンスモーカーでもあった。

 15年10月に実現した「阿波踊りパリ公演」は、その3年前の9月に発案者の仏人ジャーナリストを伴い議員会館を訪れ、企画を説明したことからスタートした。その場で地元・徳島の商工会議所会頭などの有力者に電話されて協力を要請、快諾を得た。即決・即断の仙谷さんを象徴するものだった。

 さらに日程表を精査すると、11年秋から12年春ごろまで頻繁にANAインターコンチネンタルホテル611号室や、ホテルニューオータニの「ゴールデンスパ」で面会していたことが分かった。密会である。

 菅直人政権末期、水面下で「民自公政権」構想が取り沙汰されたことと関係している。僭越(せんえつ)ながら、親しい記者と2人で「悪魔」と手を握れば政権を掌中にできると口説いていたのだ。しかし、首肯することはなかった。

 仕事を離れたお付き合いも深いものがあった。

 ゴルフや飲み会などでは、年齢は1つ違いで学年は2つ上の仙谷さんとは「仙ちゃん」「歳ちゃん」と呼び合う間柄であった。

 仙谷さんの親友で、評論家の故・松本健一氏など多くの方を紹介していただき、読むべき本の推薦もいただいた。

 昨年秋、苅部直の『維新革命への道』(新潮選書)、三谷太一郎の『日本の近代とは何であったか』(岩波新書)、坂野潤治の『帝国と立憲』(筑摩書房)の順番で読むようにと勧められて、後に弊誌書評欄に掲載している。

 残念無念である。合掌。(ジャーナリスト・歳川隆雄)

関連ニュース

アクセスランキング