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“スロットの森”ではトイレに八つ当たりも… アトランティックシティーの今

★松井政就 アトランティックシティーの今(4)

 老人の海と化したアトランティックシティー。いっそ隅々まで見てやろうと思った。カジノの中央部には生い茂る樹木のようにスロットが立ち並んでいた。「老人の海」の次は「スロットの森」か…。しかもあまりの多さに向こうがかすんでみえている。

 今にも迷子になりそうな思いでスロットをかき分けていくと、獲物を求める熊のように老人たちが台を物色していた。その中に、スタートボタンを力いっぱい叩いている男がいた。まだ完全な老人とはいえず、その入り口に立ったばかりの中年男だが、あまりに力任せに叩くため台が今にも壊れそう。

 余計なお世話と思いつつ、ここは一息入れてやろうと思った。

 ■機械相手ゆえの…

 「こんにちは」。軽く話しかけると、男はいきなり、「オレはそんなに負けてねえよ!」。

 渋谷のドンキから出てきたところをおまわりさんに呼び止められ、まだ何も聞かれてないのに「ぼくは万引なんかしてません!」と反射的に言ってしまった少年のようだ。

 すでに大負けしたのだろう、目はすっかりつり上がっている。ふと、昔の上司の言葉が思い浮かんだ。「話題に困ったときは天気の話に限る」と彼は言っていた。よし、それでいこうと思った。

 「今日はいい天気ですね」

 「知らねえよ。朝から一歩も外に出てねえんだ」

 そういって男が急に立ち上がったので、ブン殴られるかと思って身を縮めると、ドスンという音がした。あまりに勢いよく立ち上がったため、男の椅子がひっくり返ったのだ。ところが、まわりで打っている老人たちは見向きもしない。スロットに夢中だからなのか、それとも耳が遠いのか…。

 その後トイレにいたときだ。やたらとでかい咳払いが聞こえたかと思ったらさっきの男が入ってきた。彼は個室の扉を蹴っ飛ばし、けたたましい音を立てて便座を下ろし、アメリカのギャグマンガのように豪快な音を出しながら用を足した。便所に八つ当たりしたってしようがないじゃないかと思うのはマトモな人の感覚だ。

 スロットで負けると、「あのおとなしい人がなぜ?」というほど怒り狂ったりする人が出ることがある。日本のパチンコ屋でも見たことがある。負けた腹いせにパチンコ玉を便器の中にブチ込んだり、予備のトイレットペーパーを投げつけたり、洗面所のタオルを全部おしまいまで回してしまう人がいるのだ。

 でも競馬やテーブルゲームでは、負けたといって大暴れしている人はあまり見かけない。そのわけはたぶん人間相手と機械相手の違いにあるのだろう。

 競馬には人間と馬によるショー的な価値もあるし、テーブルゲームでもディーラーがたまにワザで楽しませてくれる。しかしスロットの相手は冷たい機械。負けるとワナにかかった気分になるのだ。

 負けた男がトイレで暴れる音を聞きながら、スロットの森もできるだけ伐採したほうがこの町のためになるんだけどな…と、ぼくは思った。(作家・松井政就)

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