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麻雀に情熱燃やした学生時代 岩松了さん「浅間山荘事件、雀荘で徹マンしながら…」

★ゲスト 演出家・俳優 岩松了(上)

 作家で大学教授の島田雅彦さん。好奇心のアンテナは常に広角に張り巡らされている。そんな島田レーダーが強く反応した人物を招いての“一服対談”も最終回。「締めはぜひこの方に」とご出演願ったのは、東京外国語大学ロシア語学科の先輩でもある岩松了さんだ。

 岩松 先輩といっても私は中退。1年を2回、2年を2回、一応4年通ったけど除籍になった身なので(笑)。

 島田 外語大の中でも文法が非常に複雑なロシア語学科は、ストレートで卒業するのは6割ぐらいですからね。

 岩松 ロシア語を選んだのは、高校の時にちょっとロシア文学に憧れたってだけなんですよ。

 島田 チェーホフとか。

 岩松 ドストエフスキーとか。それらを研究していればどこかにたどり着けるだろうと思って。でも、研究どころかすぐに麻雀を覚えてしまった。

 島田 麻雀に情熱を燃やしたわけですか。

 岩松 ただ怠惰にやっていただけです。浅間山荘事件って夜通しテレビ中継してたじゃないですか。あれ、雀荘で徹マンしながら見てました。

 島田 演劇部にも所属していたんでしょう?

 岩松 当時、外語大には過激派と穏健派の2つの演劇サークルがあり、私は何となく穏健派の方に入ったんです。2人芝居の一方に選ばれたのが初舞台なんですが、過激派の乱入で舞台が燃やされ大騒動でした。ちなみに相手役は後にフジテレビのアナウンサーになる英米語科の田丸美寿々。

 島田 外語大には学祭で学部ごとに「語劇」をやる伝統がありますが。

 岩松 全く関わってなかったです。

 島田 私は毎年参加し、2年連続で演出も担当しました。だから演劇は学生時代に触れており、その点で岩松さんを偉大な先輩とあがめております(笑)。

 岩松 やめてくださいよ(笑)。そんなこんなでその後、六本木のオンシアター自由劇場に入るんですが、演劇にそれほど興味があったわけではないので、大学をクビになったときにそこも辞めてしまった。で、今で言うプー太郎みたいなことをしていたら、自由劇場の知り合いに「劇団をつくるんだけど、お前、外語大のインテリだから演出ぐらいできるだろう」と誘われて、経験もないのに参加したのが劇団東京乾電池でした。

 ■岩松了(いわまつ・りょう) 1952年長崎県生まれ。東京外国語大学ロシア語学科中退。89年「蒲団と達磨」で第33回岸田國士戯曲賞のほか、演出家、俳優としても様々な受賞歴を持つ。最新作・演出作品「空ばかり見ていた」が来年3月9日より東京・大阪で公演。

 ■島田雅彦(しまだ・まさひこ) 1961年東京都生まれ。東京外語大ロシア語学科卒。83年「優しいサヨクのための嬉遊曲」で小説家デビュー。2003年法政大国際文化学部教授に。「ニッチを探して」「傾国子女」「暗黒寓話集」「カタストロフ・マニア」ほか著書多数。

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