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【経済快説】悩ましい選択…組織の不正、あなたは黙認派?告発派?

 厚生労働省の統計不正問題が紛糾している。賃金統計は、政治・行政・経済・研究といったさまざまな側面から国民生活に影響するので当然のことだろう。事件の全貌はまだ見えていない。誰が・いつ・なぜ始めて、その不正を知りながら関わった人は誰なのか、さらに監督責任まで含めた責任問題がどう決着するのか、現時点では不明だ。

 問題発覚後の指揮が極めて不適切だったので、根本匠厚労相の辞任は不可避だと筆者は思っているが、文書改竄(かいざん)問題がありながら麻生財務相が更迭にも辞任にも至らなかった事例などが近年あり、どうなるのか筆者には分からない。ただただあきれるばかりだ。

 さて、組織の外にいる者はあきれたり怒ったりしていればいいが、組織内にいて、身近に不正に関わったり、不正を知っていたりした厚労省の関係者はどうすると良かったのだろうか。「見て見ぬふりをして見過ごす」のがいいのか、「何とかして告発する」のがいいのか。組織人としては、悩ましい選択問題だ。

 出世や収入といった直接的な損得で判断するなら、社会にとっては残念なことだが、「見て見ぬふり」が有利な選択であることが多いだろう。今回事件の舞台になった厚労省のように、メンバーが固定的で、経済的条件が手厚く、転職が難しい(告発後の転職は特に難しかろう)といった、職場に無難に留まることの利益が大きな条件では、告発する側に回ることのコストが大きい。

 長い期間にわたって不正に関わり、あるいは不正行為の近くにいながらも、厚労省の職員からこの違法行為に対する告発がなかったのは怪しむに足らない。

 不正に関わった人には相応の責任を取ってもらわないといけないが、心情的に彼らが告発にまで至らなかったことを積極的に責める気にはならない。

 こうした立場にあっても、問題が発覚しそうなタイミングや、問題の大きさに対する意識の変化などによっては、不正に関わることを拒否したり、問題を告発したりする方がいい場合があることは忘れない方がいい。「前任者もやっていたことだから、それでいいのだ」と安心し、不正に関わっている意識を持たずにいるのは不用心だ。

 不正は気分が悪いし、組織のためにも社会のためにも正す方がいいと思う人は、周到な用意の下に「自分に無理のない範囲で」告発する側に回っていい。社会の側では大いに感謝すべきだ。

 告発の用意として必要なのは、問題を握りつぶされないように複数の発表チャンネルを確保すること、自分の生活のために転職の用意と覚悟を持つことなどだ。マスコミとの連絡も大事だが、時にはメディアが取材先や広告主である所属組織の側に立つことがあるので、油断してはいけない。(経済評論家・山崎元)

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