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野田虐待死 米なら児相、学校、教育委担当者は逮捕→有罪の可能性も

 千葉県野田市で小学校4年生の栗原心愛(みあ)さんが自宅で亡くなり、両親が傷害容疑で逮捕された。父親は「しつけ」と称する虐待を日常的に行い、母親は自分への暴力を恐れ、見て見ぬふりをしていたようだ。

 このような悲しい事件は米国にも多いが、近年は残念ながら、日本でもよく聞く話になった。

 今回、亡くなった少女は1年以上前から、虐待のSOSを明確に発信していた。学校や児童相談所も、虐待の事実を間違いなく把握していた。

 だが結局、十分な対応は取れなかった。それどころか、教育委員会の担当者は、恫喝(どうかつ)に屈して、少女がSOSを発信した学校でのアンケートを父親に見せていた。

 虐待とは次第にエスカレートするものだ。ある日突然、「素晴らしい親」に変身した事例を聞いたことがない。最終的に少女の命は奪われた。本件の関係者はこの結末を十分予想できたはずだ。

 私は米国の制度が、日本と比べて何でも優れているとは思わない。だが、児童虐待に対する日本の制度は、例によって「性善説」を前提にした不十分なものだと思う。

 日本には、「子供は親の所有物」という感覚があるので、親子の間の問題に、行政機関や警察が乗り出すことは、「余計なお世話」と考えがちだ。

 一方、米国では、親などの保護者が「子供を虐待している」、または「虐待の可能性がある」などと、第三者から学校や当局に連絡があると、日本の児童相談所に当たるCPS(児童保護サービス)という政府機関が、数日以内に介入して調査を行い、子供を保護する。

 米国では「子供の福祉」を最優先に考える。逆に言えば、保護者の気持ちやメンツは考えない。

 キリスト教の価値観を基本に建国された米国では、「親と子供は完全な別人格」であり、「親とは、神様から預かった子供を立派に育てる義務を負った存在」だと考えている。

 従って、親の義務を果たさない両親から子供を取り上げ、養育権を奪うことは、米国では当然なのだ。むしろ虐待されている子供が目の前にいるのに、虐待者である親に子供を返す行為は、「保護責任者遺棄罪」に該当する犯罪だと捉えられる。

 米国の事件なら、父親の虐待を止めなかった母親だけでなく、児童相談所の担当者や責任者、学校の担任や校長、教育委員会の担当者なども警察に逮捕され、有罪になる可能性がある。自分に課せられた職責を十分果たさず、その怠慢が重大な結果を招いたからだ。

 日本は不作為による犯罪への認識が甘い。永田町と霞が関は、その点も考慮して法改正を考えないと、今後も似たような事件が起きるだろう。

 ■ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。著書に『儒教に支配された中国人・韓国人の悲劇』(講談社+α新書)、『トランプ大統領が嗤う日本人の傾向と対策』(産経新聞出版)、『日本覚醒』(宝島社)など。

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