zakzak

記事詳細

ラスベガスではなぜ人間が玉を投げるのか?

★大人が少年に返る場所(1)

 世の中では何もかもが機械化され、カジノもその波に飲み込まれようとしている。昨年の秋、ぼくはニューヨークの「リゾートワールド・カジノ・ニューヨークシティ」を訪れたが、入ってすぐさま絶句した。人間のディーラーが1人もおらず、全てのギャンブルがマシン化されたカジノだったからだ。

 スロットやビデオポーカーはいいとしても、ここではブラックジャック、バカラ、そしてルーレットまでもが機械化されていた。胴元にしてみれば、人件費の高い人間と比べ、機械は文句も言わず24時間働くし、労働組合をつくられる心配もない。しかも機械式ギャンブルは一度設置すればメンテナンス以外は放っておけばよく、手間もかからず儲けられる。

 そんな風潮に今も抵抗しているのがラスベガスだ。

 一部のカジノを除き、ラスベガスでは今も人間のディーラーが玉を投げている。ある日ぼくはベラージオの中を歩いていた。大きな湖で行われる噴水ショーが有名で、ラスベガスで一、二を争う高級カジノだ。どのテーブルも裕福そうな人でにぎわっていたが、その中にとりわけ華やかなテーブルがあった。

 高額チップが次々と張られ、テーブルはまるで色とりどりの花が咲いたようになっていた。見物人も鈴なりで、てっきり全部の数字にまんべんなく賭けられているのかと思いきや、「9」にだけ一枚も賭けられていないことに気づいた。

 電光掲示板の一番上には「9」が表示されていた。直前に出たのが「9」だったので、同じ数字を嫌ってみんなそれ以外の数字を狙っていたのだ。ディーラーが次の玉を投げる構えに入った。その瞬間、誰も賭けていない「9」にチラリと目を向けたように見えた。

 「Wai,Wai!(ちょっと待って!)」ぼくはとっさに声をかけ、「9に全部!」といって25ドルチップを1枚投げた。

 「OK、Fine!(よし、わかった!)」ディーラーはぼくのチップを「9」に賭けると玉をビュンと投げ、やがて落ちた数字を見て、「Jesus!(惜しい!)」と叫んだ。玉は「28」で止まっていた。回転板で「9」の隣の数字だった。

 ディーラーはぼくと目を合わせ、両手を広げて苦笑いした。その表情に、外れたにもかかわらずぼくは幸せな気分になった。彼の表情は、ぼくのために「9」を狙ってくれたようにしか見えなかったからだ。

 仮に思い過ごしだとしても、「28」を当てた人がいるのだから、それをさしおいて、外れたぼくに向かって「惜しい!」と言うのはそもそもおかしい。

 彼はぼくに向かって小さく「うん」とうなずき、ぼくもまねして「うん」と返した。笑われるのを承知で言うが、ぼくには彼が魔法使いに見え、心はすっかり少年に返ってしまった。しかも、ラスベガスのディーラーの演出は、こんなものでは終わらなかった。=つづく (作家・松井政就)

関連ニュース

アクセスランキング