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辛い日々でも…人生を諦めない!

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆様!

 寒い冬の防寒対策は万全でしょうか?

 こちらエカテリンブルクでは、夜間にマイナス30℃に達した日がありました! 日本の皆様も、風邪など引かぬようくれぐれもご自愛くださいませ!

 さて、今回のお話は、理学療法室で出会った車いすに乗った兵士の物語の後編になります。

 その日、アンドレイを含む兵士3人は通常任務で、真夜中に警備隊として弾薬倉庫に出発しました。弾薬倉庫についた彼らが、退屈な警備の傍ら、おしゃべりに興じていたその時、同僚兵士の遊んでいた銃が突然暴発して、アンドレイの背中に当たってしまったのです。

 彼はすぐに病院に運ばれ、手術を受けましたが、弾丸が脊髄に当たっていたので、アンドレイは足の感覚を失ったのです…。

 アンドレイの不幸はまだ続きました。

 その事故の後ほどなくして、アンドレイの妻はすぐに彼に離婚を要求し、それが受理されると、6カ月後に金持ちの男性と再婚して、早々に街を去っていきました。

 さらに、アンドレイを傷つけた軍隊の同僚兵士は、ほとんど彼の見舞いにも訪れませんでした。同僚兵士の行為は故意ではなかったので、罰せられることもなかったそうで、“かつて友人だった同僚兵士は、今は軍隊を辞めて結婚もしてかなり幸せだそうだと聞いている”とアンドレイは寂しく笑いながら私に話してくれました。

 しかし、一部の軍の仲間や友人達はまだアンドレイの世話をしています。彼は政府から無料の薬を受け取ることもできます。そして現在、アンドレイは実家で母親と一緒に暮らしています。

 彼は、いつか足が回復したら、再び家計を助ける為に、今度はタクシー運転手になりたいと考えています。

 最後にアンドレイは私に言いました。

 “僕はまだ人生を諦めていないよ。沢山の未来への計画もあるんだ。それと、出来れば今度は真実の愛を見つけたいね”

 あれから2年、混雑しているバスの中で偶然、杖を持って静かに座っている彼を見つけました。目を瞑り、彼との過去の会話の数々を回想しているうちに、気がつくと、アンドレイはバスの中から消えていました。

 “私は結局、彼に声を掛けることが出来なかった”

 そんな後悔の気持ちと共に、私は心の中で祈っていました。

 “アンドレイのこれからの人生に幸あれ”と。

 では、ダフストレーチ(また会いましょう)!

■ジュリア・ミント 1994年ロシア連邦バシコルトスタン共和国生まれ。エカテリンブルグの医科大を経て、現在は大学院で眼科学を専攻する傍ら、日本人コンポーザーTAMAKIと共にノーザンスタイル・ダンスミュージック・ユニット“Crystal Mint”を結成。シンガーとして、主にヨーロッパで活動中。特技は英語、腕立て伏せ。(crystalmint.info)

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