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シリアの地で星になったロシアの英雄

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆様!

 前に、私は自分の身近な人々とシリア紛争に関連するお話を書きましたが、シリアについては、この時期、多くのロシア人にとって忘れがたい物語があります。

 今回は、シリアの地で星になり、ロシアの英雄になったアレキサンドル・プロホレンコという、若い兵士の物語です。

 2016年、ロシア特殊作戦軍所属の25歳の兵士、プロホレンコは、2年前に結婚した身重の若い妻を故郷オレンブルグに残して、シリアの任地へと旅立っていきました。

 彼の任務は、ホムス県パルミラのISの支配地域に密かに潜入し、テロリスト達がいる場所を見つけて、地上から空爆に必要な座標を爆撃機に無線連絡するという特殊任務でした。

 プロホレンコはその特殊任務のエキスパートでした。

 その地でしばらく危険な任務に従事していたプロホレンコは、運命の日、16年3月17日の未明、遂にISに見つかってしまいました。

 そして、激しい銃撃戦の末、多数のIS戦闘員に包囲されてしまったプロホレンコは、一体どのような行動をとったのでしょうか?

 その状況は、彼と司令部との数分間に渡る緊迫した音声交信記録に残っていました。

 一刻の猶予もない危機的な状況下で、もはや脱出不可能と悟ったプロホレンコは、司令部からの再三の撤退支援と航空支援の要請を拒否し、別れのメッセージを司令部に託しました。

 最後に彼は、祖国と家族、そして自分の尊厳を守る為に、自分のいる場所の座標に空爆を要請し、IS戦闘員たちを道連れにして、シリア・パルミラの地で星になったのでした。

 ほどなくして、プロホレンコと司令部との無線交信に録音された音声が、SNSを通じて世界のメディアに拡散され、その壮絶な最期に多くの人々が涙したのでした。

 その後、彼の遺体はISの元に渡りましたが、クルド反乱軍が遺体の奪還に成功し、最終的にロシア軍に引き渡され、彼の故郷オレンブルグの地に埋葬されました。

 そして、星になったプロホレンコはプーチン大統領によってロシア連邦英雄章(ロシアの最高栄誉称号)を授与されました。

 その死から4カ月後、プロホレンコの妻は元気な女の子を出産しました。私は、残された彼の妻を想うと心の痛みを禁じえません。

 …あれから3年の月日が流れました。

 ISはほとんど掃討されたようですが、いまだにシリアに平和が訪れていません。

 一日も早くシリアに完全な平和が訪れることを願ってます。

 ■ジュリア・ミント 1994年ロシア連邦バシコルトスタン共和国生まれ。エカテリンブルクの医科大を経て、現在は大学院で眼科学を専攻する傍ら、日本人コンポーザーTAMAKIと共にノーザンスタイル・ダンスミュージック・ユニット“Crystal Mint”を結成。シンガーとして、主にヨーロッパで活動中。特技は英語、腕立て伏せ。(crystalmint.info)

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