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「令和」人気は人心一新への期待 経済で良い思い出少ない「平成」 日銀は最後も間違ってしまうのか

 新元号が「令和」と決まった4月1日。その直前に公表された3月の日銀短観は2四半期ぶりに悪化した。

 新元号の公表は、予想以上に盛り上がった。事前の情報が完全にコントロールされていたので、それだけ新鮮に国民に映ったのだろう。

 関係者は携帯電話を持って入室できなかったというが、情報管理するためには当然である。米国大使館では、部外者が館内に入るときに、携帯電話を取り上げられ、退出時まで大使館側が保管している。

 官邸でも、重要な会議の時には関係者は携帯電話を持ち込めず、別室の電波を通さないボックスに入れられ保管されるという。

 「令和」について、与野党含めて賛同の声が大きいが、共産党と社民党は心から歓迎ではないようだ。1979年成立の元号法は大きな政治問題となり、旧社会党と共産党は反対したので、それらの系譜を引きずる社民党と共産党は、ある意味でぶれなかった。

 「令和」の解釈において、一部の野党から「令」は命令の意と解しているとあったが、もともとの意味は「神のお告げ」であり、そこから命令が出てくるし、「良いもの」という意味もある。後者の意味であるのは出典から明らかなのに、そこまでして元号を否定したいのだろうか。

 今回の改元で、初めて日本の古典を由来とした元号であることが話題となっている。もっとも、その時代の日本古典は、さらにさかのぼれば漢詩を由来としたものも少なくない。今回の万葉集も、中国の『文選(もんぜん)』に由来しているという意見もある。あらためて国文学と漢文学とのつながりの深さを感じざるを得ない。

 「令和」が予想以上に国民に関心を持たれているのは、元号がやはり人心一新をするからなのだろう。そのくらい、「平成」には経済に関して良い思い出は少ない。先進国の中で、日本だけが経済成長しなかった。世界各国の国内総生産(GDP)の推移をグラフで書くと、日本だけが横ばいで、この意味で「平に成った」と皮肉ることもできる。先進国で唯一ともいっていいくらいの「デフレ」で悩まされた。少なくとも「失われた25年」といえるだろう。

 デフレになったのは、インフレ率が高くないにもかかわらず、日銀がバブル潰しとして金融引き締めを行ったからだ。それは間違いだったのに、その後も間違いを続けたからだと筆者は思っている。

 それは、平成最後の安倍晋三政権でただされた。しかし、2016年9月で事実上の金融引き締めを行い、景気も17年12月あたりがピークとなってその後下降気味で、すでに腰折れしているようだ。

 1日に公表された日銀短観は、それを確認するものだった。大企業・製造業の業況判断指数は、前回の昨年12月調査から7ポイント悪化し、悪化幅は12年12月調査以来、6年3カ月ぶりの大きさとなった。

 平成は、日銀の間違いから始まって、間違いで終わるのだろうか。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

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