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今も残るスターリンの「秘密警察」の痕跡

 ドブラヴィーチェル、親愛なる日本の皆様!

 前回は、エカテリンブルグの魅力をご紹介しましたが、今回は、この街のある特別な場所についてのお話です。

 それは市内の一区画に建てられた、1930年代のスターリン時代に開発されたチェキスト(秘密警察で働いてた人々)の町の跡地です。彼らは当時チェーカーと呼ばれ、市民から恐れられていました。

 その昔は墓地だった場所に建てられた彼らの町は、NKVD(ソビエト内務省、後のKGB)の要請に基づいて設計され、現在のイセチホテルを含む14楝の建物によって囲まれたその区画は、当時の未来都市を象徴していました。

 今日、その跡地は通常の市街地に変わり、当時の建物には普通の住民が住んでいます。

 しかし、これらの建物の中にはまだいくつかの謎があります。私は、建物の中の1つで営業している“眠る犬”と呼ばれるバーを発見しました。

 バーの内部は一見普通に見えましたが、そこからは隣の部屋の声がはっきりと聞こえました。その理由は、当時全ての建物が相互監視の為に作られていたからです。

 さらに、そのバーの一角には地下への入り口があって、その見学体験に参加した私は、トンネルやトロリー列車の残骸、いくつかの閉鎖されたドアなどを見て周りました。

 ガイドによると、チェキストの町が作られた後、地上の建物にはチェーカーが住み、その地下数階に彼らが逮捕した何百人もの人々を処刑や拷問する為の施設があり、それらは全て地下トンネルを通じて市内の他の地域と地下鉄道で繋がっていた、と考えられているそうです。しかし既にほとんどのトンネルが閉鎖された現在、真実はまだ隠されたままです。

 その見学場所で、私は突然祖父の話を思い出していました。

 それは、彼が子供の頃の学校での出来事でした。

 授業の休み時間に一人の少年が教室に飾ってあるスターリンの肖像画に向かってパチンコを撃ち、肖像画は床に落ちて壊れてしまいました。

 翌日、少年は学校に来ませんでした。その後の彼を見た者は誰もいません。

 ある生徒が、肖像画を壊した日の夜に、少年が住んでいた家に黒い車がやって来たと言いました。そのような車は、当時チェーカーが使っていて姿を消した人々の前に現れていました。

 もし当時その少年がこのような地下施設に連れ去られていたとしたら!?

 とにかく、私たちはより良い時代に生きてます。

 では、ダフストレーチ(また会いましょう)!

 ■ジュリア・ミント 1994年ロシア連邦バシコルトスタン共和国生まれ。エカテリンブルクの医科大を経て、現在は大学院で眼科学を専攻する傍ら、日本人コンポーザーTAMAKIと共にノーザンスタイル・ダンスミュージック・ユニット“Crystal Mint”を結成。シンガーとして、主にヨーロッパで活動中。特技は英語、腕立て伏せ。(crystalmint.info)

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