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日本に「媚びる」中国、「反日自滅」の韓国… 老獪な習主席と暴走する文大統領の行く末は (1/2ページ)

 中国の天安門広場で、民主化を求める学生らを人民解放軍が武力で弾圧した「天安門事件」から30年が近づいている。「反日」の原点とされる天安門だが、ここにきて習近平政権は日本に媚びるかのような姿勢に転じている。これに対し、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は、反日をエスカレートさせて、収拾がつかなくなっている。国際投資アナリストの大原浩氏が寄稿で、「中韓離反」の行く末を読み解いた。

 2018年末、共産主義中国の「驚異の成長」の礎となった改革開放から40周年を迎えた。

 中国政府はこの成果を自画自賛しているが、当時の中国は「大躍進政策」や「文化大革命」の末に最大8000万人(西側推計、人為的餓死者、乳児死亡者を含む)の中国人民が死に追いやられたとされ、現在の北朝鮮よりも悲惨な状況に陥っていた。改革開放は捨て身の起死回生策として始まったものだ。

 しかも、その指導者は、毛沢東氏から何回も粛清されながらも、不死鳥のようによみがえったトウ小平氏だった。中国大陸の北方にルーツを持つ民族で、質実剛健で極めて商才にたけている「客家(はっか)」のネットワークも最大限に活用しながら、目覚ましい経済成長を遂げたのである。

 今年の6月は1989年6月4日の天安門事件から30周年でもある。中国は改革開放の開始から10年を経た80年代後半まで、「先富論」を唱えて近代化を進めた。沿岸部など一部が先に豊かになり、その後、全体が豊かになるという理屈だが、実際には貧富の差の拡大と腐敗が進行。当時東欧共産圏で広がっていた民主化の流れともあいまって、社会は不穏なムードに満ちていた。

 ドイツではベルリンの壁が89年に崩壊し、その後ソ連も91年に崩壊した時期だ。

 中国では、学生らによる民主化運動はエスカレート。「八大元老」と言われた長老らの決定で戒厳令が出され、民主派によるデモの武力制圧が実行された。この時、戦車に踏みつぶされたりして人民解放軍に虐殺された中国人民は数千人(西側推計)とされる。

 このような天安門における大虐殺が行われたのは、その対応を命じた八大元老などの幹部が文革開始時に失脚し、毛沢東氏が動員した若者によって激しく糾弾されたことに原因がある。

 トウ小平氏は共産党総書記を解任されて労働者として地方に送られ、学生だったその息子は取り調べ中に「事故」に遭った。

 紅衛兵に髪をつかまれて引き回される彭真(ほう・しん)氏の画像は世界に衝撃を与え、習近平現国家主席の父親である習仲勲氏は、長期の監禁生活を送った。この事件がトウ小平氏などに「デモ」「学生運動」への恐怖心を植え付け、過剰対応をさせたというわけだ。

 天安門事件は欧米の激しい非難を浴び、中国政府を窮地に陥れたのだが、その非難の矛先をかわすために始めたのが、反日政策だった。改革開放の初期に、日本企業が、彼らの要請に応じて中国企業を指導していたのだから、「恩をあだで返す」行為である。

 習政権は天安門30周年においても、関連情報を徹底的に封じ込めるだろう。一方で反日政策の手は緩めてくると思われる。トランプ米大統領に徹底的にやり込められている習近平氏は、安倍晋三首相との仲を良好に取り持ちたいし、極端な反日を押しすすめれば、天安門やウイグルなどの人権問題で逆にやり込められる恐れがあるためだ。

 共産主義中国は、信頼のおけない国ではあるが、老獪(ろうかい)で、風向きが変わったと思ったら、躊躇(ちゅうちょ)なく豹変(ひょうへん)する。

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