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大津・園児2人死亡事故の記者会見に閉口… リアルを求めることが正義といえるのか

 滋賀県大津市の交差点で8日、車2台が衝突して、弾みで軽自動車が保育園児の列に突っ込む、痛ましい事故がありました。ともに2歳の男児と女児が亡くなりました。心から、ご冥福をお祈りいたします。

 保育園側が同日、記者会見を開きました。一部の記者が、泣き崩れる園長らの責任を問うような質問をしたことについて、批判が集まっています。私もネットで動画を見ましたが、少し閉口してしまいました。

 こうした事件が起こった際、現場に派遣されるのは、若い記者が多いと聞きます。当然、記者会見には慣れていない。警察の発表が少ないなかで、新聞の記事やテレビのニュース原稿を書かんとあかん。被害者側の心情への配慮が欠けていたのでしょう。

 私は思います。あの会見をテレビで生中継する必要があったのかと? 私らの世界でいう「前座見習い」みたいな記者に任せてまでして。

 ここに、私たち全員が考えなければならないポイントがあるのです。

 それは…残念ながら「視聴率という数字が上がるから」ですよね。そう、視聴者がリアルを求めているからです。

 数字を求めるのは誰なんですか? スポンサーですよね。スポンサーは誰を見ているのですか? 世間であり世論です。世間ってなんですか? 世論ってなんですか?

 ここでよく考えてみましょう。それは私であり、皆さん自身なのです。求めているにも関わらず、そのマスコミを批判して炎上させているのも私たちです。このパラドックスに、われわれは早く気付かないといけないのではないですか?

 矛盾はまだあります。

 リアルを求めて、マスコミを批判しながらも、この事件に「全員」が傷ついているのです。被害者とご遺族の方々は言うまでもなく、保育園の方々、そして、加害者と加害者家族も罪悪感でいっぱいだと思います。

 会見場にいた若い記者も後で、自分たちの姿をみて傷ついたでしょう。それを指示したデスクも傷ついた。何より、それを見ていた視聴者全員が傷つきました。

 大衆には知る権利があり、マスコミには伝える義務がある。それは分かりますが、いまマスコミを取り巻く空気は、アイデンティティーや矜持(きょうじ)を超えて、厳しい。「今だけ」「自分だけ」「カネだけ」に由来して行動していると思われていませんか?

 大衆も、こんな矛盾を是正する時期に来ています。リアルを求めることが、果たして正義といえるのでしょうか? 私はそこに「無自覚な思考停止状態」があるような気がしてなりません。

 質の高い人は、もうテレビなんて何年も前から見てませんよ。本当に(笑)。

 ■桂春蝶(かつら・しゅんちょう) 1975年、大阪府生まれ。父、二代目桂春蝶の死をきっかけに、落語家になることを決意。94年、三代目桂春団治に入門。2009年「三代目桂春蝶」襲名。明るく華のある芸風で人気。人情噺(ばなし)の古典から、新作までこなす。14年、大阪市の「咲くやこの花賞」受賞。

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