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中国暴挙!「ウィキペディア」全言語アクセス遮断 天安門事件30年を前に露骨な言論統制

 民主化運動が武力弾圧された1989年6月4日の天安門事件から間もなく30年を迎えるのを前に、中国当局の露骨な言論統制が始まった。オンラインの百科事典として知られる「ウィキペディア」へのアクセスが中国で全面的に遮断されたのだ。当時の民主化運動の関係者も出国を禁止されるなど、当局による監視態勢が一段と厳しくなってきた。

 18日付の産経新聞によると、ウィキペディアを運営するウィキメディア財団が17日、明らかにした。ウィキペディアの中国語版は2015年から閲覧できなくなっていたが、英語やフランス語など他の全ての言語で利用できなくなった。財団によると、今回の措置に関する事前の通告や説明はなかったという。

 ネット利用者が8億人に上る中国では、民主化運動や少数民族問題などに関する情報が国内に流入するのを防ぐため、当局がネット検閲システムを構築。米ツイッターやフェイスブック、ユーチューブへのアクセスを遮断している。グーグルの検索エンジンも利用不可能だ。天安門事件については、「暴乱」と位置付ける当局の公式見解以外はネットで閲覧できない。

 中国当局には、米中貿易戦争の影響が中国経済にも波及する中、天安門事件から30年の節目をきっかけに、住民の不安や不満などが噴出しかねないとの危機感がある。

 同時に民主活動家への監視態勢も強めている。北京市の民主活動家は「監視役の治安関係者が周囲に増え、半軟禁状態に置かれている。この状況は6月4日まで続くと通告された」と話す。

 このほか、89年の民主化運動の元幹部は最近、出国を認められなかった。また、香港紙によると、北京や広東省などで出稼ぎ労働者の支援を行っていた社会活動家ら3人が今月8日、治安関係者に連行されたという。当局の警戒は民主活動家にとどまらない状況となっている。

 ■天安門事件 1989年6月に中国人民解放軍の戒厳部隊が、民主化を求めていた学生らを鎮圧した。同年4月に改革派指導者で共産党総書記を務めた胡耀邦(こ・ようほう)が急逝したのを機に、北京の学生らが大規模な民主化要求運動を展開したが、6月3日夜から4日未明にかけて北京の天安門広場で制圧された。広場周辺で多数の死傷者が出たが、検証可能な犠牲者数は分かっていない。

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