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「なぜ、若いのに自民党なんだ」 私心を感じさせなかった幹事長時代の野党工作

★究極の人心収攬術(9)

 田中角栄は自民党を背負った人物ではあったが、政治への取り組み方は「革新政治家」と言ってよかった。あらゆる格差・差別の是正を夢見た“人間平等主義”が根底にあった。幹事長時代、自民党から国政に出たいとする若者に、こう言ったことがある。

 「なぜ、若いのに自民党なんだ。自民党だって十全ではない。そこを是正してやろうという気はないのか。国民ありき、その生活ありきだ。そのためなら、与野党の垣根にこだわる必要はない。政治とは、そういうものだ。野党をバカにしてはいかん」

 ために、首相の座に就くまでの、とりわけ幹事長時代は、野党とのパイプづくりに全力を挙げたものだった。時に、野党の選挙資金の乏しい議員の面倒まで見、国会対策的なカネも動かした。

 1971(昭和46)年、時の民社党委員長の西村栄一が急逝、後継をめぐって民社党内のドタバタが予想されたとき、田中は直ちに副委員長だった春日一幸の部屋に駆け付けた。「これから何かと大変だろう」といい、物心両面の協力を申し出たという。“次期委員長有力候補”の春日は、いたく感謝したとのエピソードがある。

 また、社会党の幹部だった議員のこんな証言が残っている。

 「“自社対決”の時代、角さんは『困ったことがあったら、何でも言ってくれ。役に立つ』と言ってくれた。実際に、世話になった部分も多々あった。しかし、こうしたことで、法案などをゴリ押ししてくることは一切なかった。わが党の言い分も聞いてくれ、落とし所を探ったということだ。カネを使ったのも、与野党間の垣根を取り外して、国民生活ありきを考えれば、角さんとすれば当然の感覚だったのではないか。私心というものを感じさせない人だった」

 人間の行動、行為には多少なりともの損得計算が働く。田中とて同じだ。ここを見抜かれると、相手も思ったようには動いてくれない。これを補うのは、詰まるところ「誠心誠意」の度合いである。計算があっても、それが上回った場合には人は動く。「誠心誠意」は、言葉を替えれば「私心の無さ」ということになる。究極の人心収攬術は、こうした中で生まれる。

 損得計算が顔に出ているようでは、ビジネスの世界でも、とても人を説得できない。人は動いてくれないということである。 =敬称略

 (政治評論家・小林吉弥)

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