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【語り継ぎたい天皇の和歌】激流に磨かれた豊かな感性

 古来、名高い天皇の和歌はたくさんありますが、最も知られた御製といえば、第75代崇徳天皇のこの歌を挙げる人も多いことでしょう。

 いずれ、和歌が世界遺産になるときには「令和」の出典となった『万葉集』同様、『小倉百人一首』もさらに世界的に注目されることになるに違いありません。『新古今和歌集』の編者としても知られる藤原定家が名歌として評価し、『小倉百人一首』に採択したのが崇徳天皇のこの一首なのでした。本連載では、日本人必修ともいえる著名な御製をできるかぎり、網羅していきたいと思います。

 掲出歌は、「滝川の瀬を走る急流よ、岩にぶつかり、飛沫(しぶき)をあげつつもふた手に分かれてゆく急流。けれどもどんなに分かれていても、必ず末には一つの流れになる。お互いに相手を思う心があるなら、たとえ離れ離れになったとしても、必ずやまた一つになるのだ」という歌意です。

 5歳で即位し、時代の激流に巻き込まれ、讃岐に流される体験もなさった崇徳天皇。結局、都に戻ることができないまま、46歳のとき、讃岐国で崩御されました。苦難に見舞われることも多かった生涯でしたが、その艱難辛苦(かんなんしんく)が激流を流れる玉(ぎょく)のように、崇徳天皇のお心を磨き、豊かな感性の作品を多く生み出したのだと存じます。

 崇徳天皇には、「あれはててさびしき宿のにはなればひとりすみれの花ぞ咲きける」という荒れ果てた宿の庭に咲く小さな菫(すみれ)の花をお詠みになった作品もございます。小さな命に手向(たむ)けるまなざしの優しさ。「花は根に鳥はふる巣にかへるなり春のとまりを知る人ぞなき」(花は根に、鳥は古巣に戻るけれど、ゆく春の行方を知る人はいない)という詩心あふれた和歌も詠まれています。

 崇徳天皇は才能に恵まれた「天性の歌人」であられたのだと思います。『新古今和歌集』はもちろん、『風雅和歌集』『千載和歌集』など、勅撰和歌集に80首以上の御製がおさめられている崇徳天皇。御歴代の和歌に接するとき、忘れてはならない歌の名手--それがこの崇徳天皇なのでしょう。(歌人、作家・田中章義)

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