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桜にまでイチャモン、難癖! 桜と戦争を結びつけ…ならば、なぜ題字に使い続けるのか

★(3)

 3月30日夕刊、第一社会面トップに、井の頭公園のカラー写真とともに、桜のアイコンが目に飛び込んできた。時節柄のどかな風物詩調の記事かと思ったが、そうではなかった。桜に対して、イチャモン・難癖をつける体の記事であった。

 まず、井の頭公園で花見をしていた人の声が述べられ、次いで桜の歴史の話となり、江戸時代から花見はあるが、明治までは桜は特別な花ではなかったという。

 それが大正から別格になったと、『桜が創った「日本」』(岩波新書)の著者である、佐藤俊樹・東大教授の説が紹介される。それはソメイヨシノの全国的な拡大と、学校・官庁・会社における卒業や入学・入社の時期が一致して、桜が「出会いや別れ」の象徴となったという。

 それはそうかもしれないが、解釈の仕方がかなり“異様”である。

 つまり、「全国で一様に咲くさまは、欧米列強に対抗するのに必要な中央集権的な国家像、同質的な国民像とも結びついた」と言うのである。それに続いて、「一斉に散る桜は、昭和に入るとさらに意味づけされる。軍歌『同期の桜』は『みごと散りましょ 国のため』と歌い、滑空して敵に体当たりする特攻兵器は「桜花」と名付けられた」と解説する。

 桜と特攻と言えば、5月14日、「若い世代こう思う」欄に、鹿児島県・知覧の特攻資料館「ホタル館富屋食堂」館長の鳥浜明久さんによる「特攻と桜 裏の真実」と題する文が載っている。

 明久さんは、「特攻の母」と呼ばれた鳥浜トメさんの孫らしい。まず、冒頭に「散り際の鮮やかな桜にたとえられることの多い特攻隊。知覧で撮影された写真にも、女学生たちが桜の小枝を振って隊員を見送る姿が残されています。私の叔母もその中の一人でした」とある。ただし、写真は宣伝用に一度撮られただけで、それが繰り返し使われているのだという。

 つまり、この2つの記事はともに、戦争にまつわる桜の忌まわしい歴史を述べているわけである。

 ところで、朝日新聞の社旗には、異なった2つのデザインがある。それは旭日の方向が、左向きと右向きと2様あることである。つまり西日本と東日本と、区別して使われているわけである。戦争中まで、「東京朝日」と「大阪朝日」が分立していた時代を、反映したものであろう。

 それと同じように、朝日新聞の題字のバックの模様も、2つのタイプがある。西日本版が難波の葦(あし)であるのに対して、東日本版は言うまでもなく桜である。

 桜が忌まわしい歴史を持つというのなら、平和主義の朝日新聞が、なぜ使い続けるのであろうか。

 ■酒井信彦(さかい・のぶひこ) 元東京大学教授。1943年、神奈川県生まれ。70年3月、東大大学院人文科学研究科修士課程修了。同年4月、東大史料編纂所に勤務し、「大日本史料」(11編・10編)の編纂に従事する一方、アジアの民族問題などを中心に研究する。2006年3月、定年退職。現在、新聞や月刊誌で記事やコラムを執筆する。著書に『虐日偽善に狂う朝日新聞』(日新報道)など。

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