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カジノに客を奪われ… マカオから消えたドッグレース

★変化を続けるマカオ(6)

 マカオのギャンブルといえばカジノだが、かつてはドッグレースも人気だった。むろん、売り上げ面ではカジノに遠く及ばないが、日頃のささやかな楽しみという点で人々から愛されていた。

 ドッグレース場は、マカオ人の間で「狗(=犬)のいる場所」を意味する「ガウチョン」という通称で呼ばれ、タクシーを拾って「ガウチョン!」と言えば、ぼくの発音でも楽に通じた。

 レース場の前には屋台が並び、縁日のようににぎやかで、所々で中国式将棋に興じる人たちがいた。ここはドッグレースだけを目的として来るわけではなく、日常のたまり場として通っている人もいた。いわば「青空(夕空)居酒屋」ともいうべき地元民の「憩いの場」となっていた。

 そんなドッグレースだが、カジノに客を奪われ、2018年に廃止された。廃止後、行き場を失った「犬」たちのことを報じたニュースはあったが「人」について報じたものは目にした記憶がない。

 ここでいう「人」とは主催者側の人間ではなく、お客さん、つまりドッグレースファンのことだ。レース開催日には街のあちこちで仕事そっちのけで研究する人がいた。ある施設の管理人は研究に打ち込むあまり、ぼくが話しかけても気づかないほどだった。

 日本の競馬新聞と同じで、当時は売店でドッグレース新聞が山積みで売られていた。紙面には「狗神」といった大きな見出しが躍り、よく当たると評判の予想屋が出ていた。イメージ的には日本競馬における故大川慶次郎さんのような存在だったのだろうが、そんな新聞を穴のあくほど見つめる人たちはどこかかわいく憎めなかった。

 そんな人たちの娯楽が、ある日終わりを告げたのだ。スマホの台頭でガラケーが消えたように、巨大カジノの台頭によりマカオからドッグレースが消えたのだ。もしも日本から競馬がなくなったら、ぼくなんか途方に暮れてしまうが、ドッグレースファンはその後どうしているのだろう。

 税収が楽に上がるという点では、たしかにカジノに分があるかもしれないが、そうした考え方を突き詰め過ぎるのは危険である。カジノも最も収益があがるスロットだけにして、人件費がかかるテーブルゲームはやめてしまえという暴論につながるからだ。

 日本には「河岸(かし)を変える」という言葉があるように、人はたびたび戦いの土俵を変えたくなるものだ。

 さまざまな種類のゲームがあり、気分や調子によって違うゲームを試すことができるのがカジノの特長だ。でも、もっと離れた視点に立ち、競馬もあるし他の遊びもある中にカジノもあるというように、遊びの選択肢が複数あるほうが社会として柔軟だし、文化的にも豊かであろう。

 ギャンブルという遊びは丁寧に管理すれば文化として根付かせることができる一方、一度なくすと、もう二度と元には戻せない。古いホテルが消え、売春婦が消え、ドッグレースまで消えたマカオ。次は何が消えるのか、ちょっと不安な未来である。(作家・松井政就)

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