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三冠対二冠の頂上決戦…王者交代期のみ成立する“異例”対決

 昨年は8つのタイトルを8人で分け合うという、群雄割拠時代の到来を思わせた時期があったが、まず豊島将之棋聖が王位も併せて奪取し、唯一の二冠に。

 続いて渡辺明棋王がこの春、王将を奪って二冠となり、2人が頭一つ抜けた構図となった。

 そして豊島が名人も奪取して三冠になり「ヒューリック杯棋聖戦」は、三冠対二冠の頂上決戦となった。

 この勝った方が最多タイトル保持者になるという頂上決戦は、将棋界ではめったに実現しない。

 と言うのも、昭和の時代は大山康晴15世名人が、その後は中原誠16世名人が、そして平成時代は羽生善治九段が、タイトルをほぼ独占していたような時期が続いたからだ。

 王者の交代のほんのわずかな期間のみ、頂上決戦のような状況が成り立っていたのだ。

 例えば1970年代前半は、最多タイトル保持者が大山から中原に代わった時期で、この時には2人の壮絶な争いが見られた。5年くらいの間に、七番勝負が4-3のフルセットということが5回見られたのだ。

 その後も米長邦雄永世棋聖や谷川浩司九段が一時的に四冠保持の時代もあったが、相手が多様化して、頂上と言う対決には至らなかった。

 今回、三冠と二冠の対決と書いたが、正確には二・五冠同士の対決と同じだ。盤の横に棋聖のタイトルを置いて戦い、勝った方が持って行くからで、渡辺が挑戦者になった瞬間、豊島と並んだとも言えるのだ。

 第1局は渡辺の先手で、矢倉模様に誘導したものの、後手が急戦を見せた力将棋とも言うべき戦型から168手の大熱戦となり、豊島の勝ち。

 第2局は角交換腰掛銀から、得意のはずの豊島が序盤から構想に錯覚があったか、比較的短手数で敗れて、1勝1敗。この2局だけ見ても、4~5年前とは将棋の戦型が大きく変わって(進歩して)いる。これに対応できない棋士は淘汰(とうた)されるのだ。

 第3局は29日、静岡県沼津市の『沼津倶楽部』で行われる。ここは全国でも有数の対局場だと思う。つくづく昔の実業家は、素晴らしい別荘を作ったものである。

 当日は正面の「若山牧水記念館」で解説会が開催される。

 ■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。

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