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天空仰ぎ悲劇と闘った「月の名手」

 昨今、世界で『小倉百人一首』が注目されています。競技かるたの世界大会も開催され、タイ、イタリア、中国、アメリカ、フランス、ハンガリー、ブラジルも参加。本場である日本に勝って優勝したのはフランスでした。今後、ますます地球規模での広がりが予想される『小倉百人一首』。今回は、この『小倉百人一首』に採られている一首を紹介します。

 作者の三条天皇は第67代天皇です。今から1008年前の1011年7月16日に即位。約4年8カ月にわたって在位した時代に権力を誇っていたのが、「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」の歌でも知られた藤原道長でした。眼病を患った三条天皇に何度も譲位を迫った道長。そして、次の天皇となったのが道長の孫だったのです。

 在任期間中、内裏が2度も炎上し、眼病治癒のために高官を神社に派遣しようとしても、なぜか7度にわたって高官が急遽行けなくなってしまう悲劇。高官たちは時の権力者である道長に忖度(そんたく)したのでした。

 こうした中で詠まれた、「わが意に反して生きながらえたらなら、いつか恋しく思い出すに違いない。今宵のすばらしい月を」という一首。『栄花物語』巻12によれば、譲位の前月に詠まれた御製でした。藤原定家はこの一首を踏まえ、「明けぬともなほ面影にたつた山恋しかるべき夜話の空かな」という歌も詠んでいます。

 大変な辛苦を味わった三条天皇でしたが、幾首もの月の名歌があります。「秋にまた逢はむ逢はじも知らぬ身は今宵ばかりの月をだに見む」(再び秋に逢えるか逢えないかもわからない身はせめて今夜だけでもこの美しい月を心ゆくまで眺めていよう)という作品。長年親しく仕えてくれた人物が出家した際にも、次のような歌を詠まれました。

 「月かげの山の端(は)分けて隠れなばそむくうき世を我やながめむ」(月が山の稜線に隠れるように貴方がもし出家してしまったなら、この辛い憂き世を私はどう過ごせばいいのだろうか)。

 月を愛で、多くの月を詠まれた三条天皇を月はいつも見護ってくれていました。天空に浮かぶ月を仰ぎつつ、偲びたい三条天皇です。(歌人、作家・田中章義)

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