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カジノに呼び込む舞台装置(6) 特別な人に相手をされた特別な満足感 「インディアンカジノ」体験記

 カジノをどこに作るかも舞台設定の一つ。元々人気がある場所に作るという考え方もあれば、カジノを呼ぶことで地域を活性化するという考え方もある。

 つまりカジノで収入を増やそうというわけだが、その代表例がアメリカ先住民居留区カジノ、いわゆる「インディアンカジノ」だ。かなり前になるが、別件でミシシッピ川流域の取材に出かけたことがある。その時、ミネソタのホテルに1泊することになったのだが、来てから知ったのは、ホテルから車で約1時間のところにインディアンカジノがあることだった。

 すでに夜の12時を回り、しかも翌朝は6時出発。行けば眠る時間はないが、当時ぼくはまだインディアンカジノに行ったことがなく、このチャンスを逃すわけにはいかないと思った。

 ぼくはタクシーに乗り込み、時間がないので急いでくれとチップを奮発すると、運転手はぼくを二度見し、まるでロケットのように車を発車させた。

 窓の外は真っ暗闇。目をこらすと、見渡す限りの野原で、こんなところに本当にカジノなんてあるのかと思っていると、しばらくして運転手が「あれだ」と指さした。野原の向こうにいさり火のような光が見えた。

 到着したカジノは静かだった。入り口にロータリーはあるがタクシーはなし。帰れないと困るので、ぼくは運転手に前もってお金を渡し、約束した時間に迎えに来てくれるよう頼んでタクシーを降りた。

 胸を膨らませながら中に入ると、カジノの様式はアメリカの一般的なカジノと同じだったが、全く異なったのはディーラーの風格だ。姿勢がよく、がっしりとした体格の男性がそびえ立つように並んでいた。バリトンの声はよく通り、ノーモアベットのコールなどまるで神の啓示のように聞こえたほどだ。

 服装はよくあるディーラーのものだが、顔つきはまさに写真や映画で見た先住民のもの。それはつまり、地元の人が働いていることを意味していた。

 ゲームに関しては、いかにインディアンカジノとはいえ、他のカジノとルールは同じだし遊び方も同じ。そう簡単に勝てないのも同じだが、特別な人たちに相手をしてもらっているという満足感は他のカジノでは味わえないものだった。

 アメリカ先住民カジノは、彼らの地域が経済的に自立することを目的に認可されたものだ。

 ぼくはアメリカ先住民を襲った過去の悲劇や彼らがいま置かれている社会的・経済的状況をすべて正確に知っているわけではない。だから、カジノについて彼らがどんな意見を持っているのか、聞きたいと思いながらも聞くのをためらってしまった。

 それが大きな心残りだが、そんな気持ちにさせられたのも、インディアンカジノが持つ歴史であり、舞台設定によるものだとぼくは思った。(作家・松井政就)

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